(戦争と平和1234)平和祈念式典
今日は、8月6日、広島で平和祈念式典がありました
この平和祈念式典
新聞のテレビ欄で、今年も「平和「記」念式典」になっていました
(NHKですらも…)
「平和の記念日」とでも言いたいのでしょうか?
平和は祈り願うのでしょう!
平和ボケした日本人は、この日を他のくだらない記念日と同じレベルにしてしまうのでしょうか?
67年間、被爆者が訴え続けても、継承されないものが数多くあります
日本人の意識が陳腐化しているのを恐ろしく感じます
人間というのは、その特質・性質などの物理的なことは遺伝子によって継承できるのに、経験は継承できません
もしかしたら、原爆の傷跡は遺伝子の傷跡となって継承しているかもしれないが…
研究によると被爆の遺伝は無いと言われています
やっぱり、同じ過ちを繰り返してしまうのでしょうか?
去年起こった原発事故は同じ過ちの一つと考えるべきでしょうか?
祈念式典で、子供代表の平和の誓いの言葉の中で
「辛いことを経験することはできないけど、想像して共存することはできる」
と言う言葉がありました
良い言葉だと思います
相手の身になって考える人間だからできること
だから、同じ過ちを繰り返さないようできるはず
被爆者がこの世からいなくなる時にこそ、さらに繰り返し、原爆の事実を継承して行かねばならないと思います
誰かがやらねば、誰も知らなくなってしまう
知らないことこそ、恐ろしいことです
知らないから、過ちが起こってしまう
単なる歴史の一行に終わらせてはいけません
「放射性物質と人類は共存できない」
(去年の記事を一部引用しました)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、晴れやかな日々でありますように。
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