今と50年前で放射線量は違うのか? | ☆ワシの終活☆

今と50年前で放射線量は違うのか?

地震が発生してから、自分の携帯には、「地震による原子力施設への影響について」のメールが、原子力安全・保安院のサイトから配信されてきています


地震発生時は、原発が無事に運転停止したことを知らせる内容のメールでしたが、12日の7時00分の第11報のメールで変化がありました


そうです、福島第一原発でモニタリングカーにより周辺監視区域境界近傍の放射性物質測定を行ったところ、測定値が上昇を始めたのでした


メールには以下のような異常報告が添付されていました



(3)その他異常に関する報告
・原子力災害対策特別措置法第10条通報(福島第一原子力発電所3号機)
・同第15条通報(福島第一原子力発電所1、2号機)
・福島第一発電所注水機能回復のための電源確保の状況
電源車からのケーブルのつなぎ込み作業中。 (12日4:00現在)
・1号機の格納容器内圧が上昇しており、設計値400kPaのところ、840kPa程度まで上昇している可能性がある。
・モニタリングカーにより周辺監視区域境界近傍の放射性物質測定を行ったところ、12日4:00現在と比較して数値の上昇を確認※。(12日5:20現在)
MP6(正門付近)0.07μSV/h→0.59μSV/h(4:00→4:30)
MP8(正門付近)0.07μSV/h→0.38μSV/h(4:00→4:35)
※)数値のレベルは、一般公衆の年間線量限度である1mSvに達するのに約70日かかる程度。



このときは、まだ、0.38μSV/hや0.59μSV/hの値でも、驚きだったのに…


先月15日には、これを上回る0.809マイクロシーベルトと言う値が東京でも検出されたのですよね


現在では、放射線量が減少方向にあると言うことですが、0.07μSV/hと比べれば、多い値が福島県そしてその近隣県で観測されていますね


最近は、放射線量観測値が、多少高くても、私達はその値に慣れてきているかもしれません


政府の「直ちに健康への影響は無い」と言う、悪魔の呪文に洗脳されていますので…


それでも、放射線は目に見えないから、敏感になってしまいます


でも待てよ、今から50年以上も前の日本と比較して今の放射線量はどうなのだろう?


「50数年前、日本の「放射能」の高さは異常だった!(ロケットニュース)」と言うネットニュースで疑問が起こりました


今から50年以上も前の日本は、今よりもっと高い放射性物質に見舞われ、東京や大阪でも1000倍のプルトニウムが大気中から放出されていたと言うことですが…


東京では、なんと1万倍の放射線量が検出されたという情報もあったとか無かったとか?


これは1950年代後半から60年代前半にかけて行われた、アメリカ、ソ連、中国などの核爆発実験により、北半球全体に放射性物質が拡散していたことが原因でした


そう言えば自分が幼稚園児の頃、母親が、雨の時にかぎって、傘をさすことを強要し、雨に濡れないように注意してました


それは、被爆地広島だったというより、核実験の放射性物質が降ってくると言う恐怖があったからかもしれません


その時、幼かった自分が十二分の放射性物質で被曝していたとしても、50年たった自分はガンになっていないぞ?


その時の、放射線量値の詳細や政府からどのように通知われて、国民がどのような行動をとっていたかわまりません


当時の放射線量と今の放射線量の比較はできませんが、これ以上の悪化が無く原発が収束してくれれば、案外、何もなかったようになるかもしれません(ただし、原発周辺は問題外です)


こうやって、楽観的に考えていなければやってられないのが現状でしょう


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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