(戦争と平和15)「夕凪の街 桜の国」 | ☆ワシの終活☆

(戦争と平和15)「夕凪の街 桜の国」

この映画は、映画館で見ました


その後も、レンタルして見ました


先月、CSでも放送されたと思います


ただ、残念なのは地上波で放送されていないので、みなさんが見ているわけではありませんね


8月6日が近づいていることもあって、再度、見たい映画です


かみさんも子供達もまだ見ていませんが、見せたい映画でもあります



話は変わりますが、自分の祖父は、被爆者です


8月6日、祖父は通勤途中、電車に乗っていて被爆したようです


祖父に直接聞いたことがないので、詳細はわかりません


その祖父も1999年に92歳で他界しています


祖父は晩年、前衛書道の書家として生きましたが、被爆当時は広島師範学校で教鞭をとっていました


8月6日は、いつもと変わらず学校へ行く途中だったと言うことです


ただ、比治山の影で被爆したために直接「ピカ」(原爆はピカッと光ってドーンと衝撃を受けたので、みんな「ピカ・ドン」と呼んでいます)の光は浴びなかったのでやけど等は負いませんでした


しかし、放射線の影響でしょうか、以降、白内障が発症し、失明しそうになっていたと言うことです


いつも、サングラスをかけていたのを思い出します


その祖父が被爆者であったなどということは自分が大学生になってもわかりませんでした


ふとしたことから、被爆者手帳の話が出てたまたまわかったのです


祖父自身、被爆者手帳をもらおうとは思わなかったようです


被爆者とはそんなものなのでしょうか?


当然、広島の人間であり高齢者なのだから、疑うこともあっていいはずでしたが…


祖父も被爆について進んで話そうとはしませんでした


そして、自分の父も、原爆投下後、二日目の朝に広島市内に入っていることが母の証言でわかりました


てっきり、父は疎開していると思っていました


知らないということは恐ろしいことです


父は当時14才


父は、広島市内の学校(現国泰寺高校)に通っていました


ただ、原爆投下の時には阿品(宮島の近く、市内から20km以上離れた所)の方に父の学年だけ出かけていて、直爆を免れたようです


祖父は父の安否を気遣って、当時、父を捜したようです


当然、黒い雨(放射性物質を含んだ雨)を浴びていたと思うのですが不明です


父は、「原爆雲は見ていない」と母に言っていたらしいのですが、本当かどうかわかりません


父は、原爆が落とされた翌日、下の学年の安否を調べるために広島市内に入りました


下級生は全滅だったそうです


もし、父がその日、下級生といっしょにいればこの世にいなかったでしょう


そして、今の自分もこの世にいなかったでしょう


なんという運命のいたずらでしょうか?


父の被爆者手帳はありませんでした


原爆症が出なかったということだからでしょうか?


これも不明です


当時、二日目でも放射能物質は無くなっていなかったと思います


すると、自分も妹も被爆二世?


そして、私の二人の子供達は被爆三世?


戦争を知らない世代なのに、戦争の傷跡が遺伝子にあるということでしょうか?


みなさん想像できますか?


その傷跡のためでしょうか?


次男は口蓋裂と言う奇形で生まれてきました


微妙にDNAの欠損があるのでしょうか?


原因は誰もわからないのです


前例が無いからわからないのです


父は胃ガンのため37才の若さでこの世を去っています


その原因が、原爆であるかは、もはや確かめることはできません


父は地方新聞である中国新聞の新聞記者をやっていましたので、仕事の多忙さとストレスの為に胃ガンになったのだろうと言われています


本当でしょうか?


今になって不明な点はたくさんあります


広島の人間なのに自分の家族の事を知らないとは情けないことです


でも、それはもう遅い


今できることは、かみさんや子供達に、自分が学んだ原爆の事を継承して行くことでしょう


そして、核(放射性物質)というものの恐ろしさを十分に周知させなくてはならないでしょう


自分の体にはケロイドがあります


被爆者でもないのに…


三歳の時に岡山で、煮え湯をかぶって大やけどを負ったあとです


このとき、自分は死にかけました


母は手術すればきれいになると言ってくれたのですが、自分はそのまま残しました


母の一生涯の悔いだそうです


今となっては、広島の被爆時のケロイドとそっくりなのがなんとも言えません


今も原爆症で苦しんでいる被爆者は多数いらっしゃいます


(広島、長崎だけではありません。全世界の核実験の被害にあった土地の方々も同じです)


でも、65年もたつとみんな高齢です


その直接の被害を人は年々少なくなっています


祖母のお兄さんは健在ですが、被爆者かもしれません?


でも、話してくれません


そして、今、考えてみると自分の友達にも被爆二世は多数いたはずなのです


でもわかりません


原爆をテーマにした映画や本は多数あります


映像や活字として、それに触れる人はいるかもしれません


でも、感情はそこで終わるのが普通でしょう


核(放射性物質)はまだ世界中に存在します


それが使える状態にある脅威を認識しておいてほしい


そして、核弾頭が誤作動しないという保証はありません


なぜなら、人間が作ったものですから…


じゃあ、どうすればいいのか?


無くして行くしかない

(作ることは簡単だが、無くすことは至難の業です)


無くせないなら、無力化して行くしかない


誰が?


みんなが考えてだ



さらに世界には、当たり前に使用している電力の源に原子力発電所があります


日本では52基も稼働しています


日本の電力の30%以上を原発に依存しているので、これを明日止めるということはできません


そして、新潟中信越沖地震のために火災を起こした原発


もし、チェルノブイリ原発を同じ、大事故が発生していたらと思うとぞっとします


広島に落ちた原爆は市内レベル(半径4km)程度の影響力しかありませんでっしたが、今の原発が最悪の事故を起こすと半径600kmに放射性物質(放射線)をまき散らすことになります


つまり、日本全土が汚染されます


原発は、同じエンジニアとして、安全設計がしっかりされていると信じています


でも、人間が作ったものです、安全性に絶対はありません


(現に、想定外の地震によって被害をうけました)


そこまで、危機感を感じておいてほしい


原爆は悲惨だ、戦争をしていはいけないだけで終わっては決していけないと思うのです


地球という大自然のエネルギーが、核や原発に誤作動を起こさせる可能性は0では無いと思います


もう一度、この映画「夕凪の街 桜の国」を見て放射能の恐ろしさ感じて欲しいのです
(2007.08.02の手記を利用しています)

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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
今日からはじまるこの1年が、ステキな毎日で満たされますように

(-^□^-)