2月24日は、長崎に嫁いだいとこの誕生日 | ☆ワシの終活☆

2月24日は、長崎に嫁いだいとこの誕生日

2月24日は、いとこ(父方の叔父の子供)の誕生日


彼女は、結婚しており、子供も2人


故郷を離れて、長崎で暮らしています


彼女には、学生時代、風呂場で裸を見られています


学生の自分は、幼稚園児には気になる存在だったのでしょうか?


いきなり、風呂の戸を開けられて、裸をまじまじ見られたのは恥ずかしかったあ


本人は、覚えていなだろうが…


最近彼女ともメールの交換はしていない


元気だろうか?


長崎市は懐かしい街


長崎には想い出があります


長崎の夜景は、稲佐山から見る夜景が一番だといいますが、そんな事はないと思います


自分は、20年以上前、防災の関係で長崎港を挟んで稲佐山の向かいにある英彦山に土木工事で登った事があります


夜までかかった工事の合間に見た星空と町の夜景がものすごく癒されました


残念ながらその時の写真は残っていませんが、いい想い出として心の中に残っています


そんな長崎市に、65年前の8月9日11時3分、原爆(ファットマン、プルトニウム型、ちなみに広島市に落とされた原爆はリトルボーイ、ウラン型)が炸裂しました


長崎の平和公園や原爆資料館は見に行きました


とても今の長崎からは考えられないことです


長崎チャンポン、長崎皿うどんはおいしい


横浜みたいな規模ではないが、中華街があります


長崎ならではの卓袱(しっぽく)料理(和洋中を取り混ぜた料理)


そして、長崎と言えばカステラ


文明堂だけじゃないよ


長崎カステラの老舗と言える「松翁軒」の手作りカステラ


グラバー邸、大浦天主堂、諏訪神社、出島…、西洋と東洋の接点でもあった長崎


坂本龍馬率いる海援隊の拠点でもありましたね


さだまさしの飛行館もあるねえ
(結局入れなかったけど)


残念ながら、戦争中は、軍艦を作る造船の町でもありました


戦艦「武蔵」が造られたのはこの地ですね

(戦艦「大和」が造られたのは僕の街広島市の隣の町呉市)


その長崎市も、戦後、長崎市の中心地(繁華街)である思案橋が1m以上もの水に浸かってしまう災害(土石流)にあっています


自分はその災害に対する防災設備の設置工事で長崎を訪れていました


その時、長崎の原爆について同時に勉強しました


広島市出身の人間で親族に被爆者を持つ人間だからそれができましたが、他県の人間だったら、原爆すら気づかなかったかもしれませんね


原爆について何も知識のない茨城出身のかみさんも新婚旅行の時に長崎の原爆資料館に連れて行きました(当然、広島の平和公園や原爆資料館も子ども達を連れて行っています)


災害や被害は、テレビや新聞、写真で見ても実感がわきません


それが人間かもしれません


実際にその地に行って感じるしかありません


人間は病気でも事故でも何事も自分で体験しないと本当の危機感が湧いてこないかもしれません


でも、今の自分たちには、少しでもそれを感じることが必要だと思うのです


メールやホームページやブログで、すべてが伝わるとは思っていません


でも、感じてもらえれば、興味を持ってもらえれば、まず、一つハードルを越えることはできます


何も言わないよりは…


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、この日誕生日のすべての人へ

「お誕生日おめでとうございます!!」

(´∀`)