10月25日は、元プロ野球選手・元プロ野球監督(広島東洋カープ)の誕生日 | ☆ワシの終活☆

10月25日は、元プロ野球選手・元プロ野球監督(広島東洋カープ)の誕生日

10月25日は、元プロ野球選手・元プロ野球監督(広島東洋カープ)山本浩二(やまもと こうじ、1946年10月25日)の誕生日


<わし の ひとりごと>-20091025山本浩二(1)

今の若いカープファンにとっては、山本浩二は監督としか見れないかもしれませんが、自分にとって山本浩二はミスター赤ヘルであり、カープの4番バッターのイメージが強い


「打てよ!、ホームラン!、大空!、高く!、かっ飛ばせー!、コージ!」


選手に向けての歌が出来たのも、山本浩二が最初ではなかったか?


先日引退した緒方孝市選手も攻走守三拍子そろった素晴らしい選手ですが、山本浩二は盗塁こそ多くないが攻走守三拍子そろった素晴らしい選手だったと思います


今は、マリナーズのイチローがレーザービームで強肩と言われていますが、市民球場が狭かったことを差し引いてもセンターの浩二のバックホームはレーザービームだったと記憶します


その頃、カープの外野手は強肩揃い(センター:山本浩二、ライト:ライトル、レフト:デュプリー又はガードナー)、犠飛ではホームに返さない守備で、投手を助けていたと思う


そして、浩二の醍醐味は、ホームラン


<わし の ひとりごと>-20091025山本浩二(2)

ここで、欲しいという時に、かならずホームランを打ってくれました


市民球場では、浩二のホームランが見たくていつも敵の応援席近くのレフトスタンドによく陣取ったものです(後楽園球場(今はありません)、神宮球場、横浜スタジアムでは、当然、レフトスタンドでしたが)


残念ながらホームランボールを捕球することはできなかったけどね


その当時のホームランバッターはTの田淵だったが、田淵の高い飛球のホームランに比べて、浩二の打球は、球が揺れて伸びてくる弾丸ライナーが多かったことを覚えている


そして、何よりも魅力なのが、レフト・センター・ライト関係なく打ち分けられるホームランの広角打法だったと思う


そんな浩二が2000本安打を達成した昭和59年(1984年)5月5日の後楽園球場


行きましたよ


写真も撮りまくりました(どこにいったかわからない。写真を整理した時はあったのだがねえ)


浩二の後、攻走守そろったホームランバッターはいまだに出てきていないと思う(個人的意見)が、長距離バッターの出現にいつも浩二をだぶらせてしまうのはしょうがないものかなあ?


これは、1975年カープ初優勝の時に、古江の駅前にあったスーパー「ふじや」のちらし(34年前のちらし)の裏に印刷された浩二の打撃ホーム写真(サイン入り)です


<わし の ひとりごと>-20091025山本浩二

これは、山本浩二にサインをもらった本です

「これがオレの野球人生だ」(1986年初版)


<わし の ひとりごと>-20091025「これがオレの野球人生だ」山本浩二

<わし の ひとりごと>-20091025山本浩二(サイン)

やっぱり、自分のヒーローは、山本浩二だ!


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、この日誕生日のすべての人へ

「お誕生日おめでとう!!」

(*^ー^)ノ