「次男の治療生活」その11(口蓋裂)
9月17日の「次男の治療生活」その10の続き
これは、口蓋裂という奇形を伴って生まれた次男の治療日記です
次男の手術に向けて、
7月26日 定期検診(午前8時半の予約、形成外科、小児科等)
9月6日に次男入院、入院中の付き添いは家内となる
その際、家内の実家のご両親や母、親戚、そして、病院の関係方々、また、自分の会社の上司や同僚達の協力を得ました
一番頑張っていたのはもちろん、次男と家内であるが
ありがたいことである
1999年9月7日の次男1歳の誕生日は予定どおり病院で迎えた
そして、9月9日に次男の手術
家内、自分そして、家内の実家の両親も手術に立ち会ってくれた
朝、8時半頃、手術室に入り、11時半ごろ出てきたかな
1時間程度の手術だったのだろうか、数人まとめての手術なので、時間はかかったように思う
ずいぶんたって、手術室から出てきた次男は、麻酔も切れて、大泣きしていたと思う
その姿が痛ましく、手術室から出てきて病室に入ってから1時間以上、泣きやむまで、だっこしてしまった想い出がある
痛かっただろうなあ
自分はこの日だけの見舞いでしたが、家内は退院する約2週間、次男のぐずりにずっと付き添っていたと思う
1才では、泣くことでしか痛さやつらさを表現することができないからつらいよなあ
さらに本人がつらいのは、両手に抑制筒をつけること
口の手術なので、無意識に傷口に手を持っていって、ガーゼや包帯などをむしり取ることがあり、これを予防するために術後1ヶ月は、両手に抑制筒を両手につける必要があったのです
両手をうまく使うことができなかったのでつらかったと思います
「抑制筒」とはこんなものです
これが次男、両手に抑制筒をつけてます(わかりづらいかな?自宅なので、多分1999年10月頃の写真でしょう)
「耳管」と言って、耳の空間と口を結ぶ管があります
よく、飛行機などに乗って、急な気圧の変化が起こると、耳が痛くなりますが、つばを飲むことによってそれが解消されることがあります
それは、耳の中の気圧の変化と耳管を通じて、調整しているからです
次男は、口蓋裂の影響により、この「耳管」の発達が悪く、気圧の調整ができないのです
したがって、その処置として、両側の鼓膜に穴をあけてチューブを入れて、鼓膜で気圧の変化に対応させたり、水が溜まって中耳炎にならないようにしました
このチューブは、耳管が発達すれば取ることができるのですが、しばらくつけていました(1ヶ月半)
この年は、8月は父方の祖父が亡くなり、9月に次男の手術と、いろいろありました
特に、母はさらに、実家の祖父母の介護もある中、次男の入院中は長男のめんどうもみてもらい、大変な思いをさせた年でした
自分も、仕事、次男の手術、父方の祖父の葬式、母方の祖父母の介護の件で、奔走した覚えがあります
(「次男の治療生活」その12(口蓋裂)に続く)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
「お誕生日おめでとう!!」
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