「次男の治療生活」その3(口蓋裂)
9月9日の「次男の治療生活」その2の続き
これは、口蓋裂という奇形を伴って生まれた次男の治療日記です
次男が生まれた9月7日から一週間たった時に、ドイツの妹に宛てたFAXを記載します
(固有名称は、書き換えてあります)
「こんにちは
(次男)が生まれて一週間がたちました
(家内)は授乳するために毎日(次男)と格闘しています
乳がはっているので、毎日、助産婦さんに、乳をほぐしてもうらうように助産院に通っています
おかげさまで、最初、鋼鉄の乳であったのが、ようやく人並みの柔らかさになってきました
(次男)も最初、乳に食いつけませんでしたが、ようやく食いつけるようになってきました
しかし、(次男)も遠慮がちな性格なのか、口の大きく開けず、おちょぼ口になるので、うまく、まだ、おっぱいを飲めません
人一倍努力しておっぱいを飲まなければならないので、量ではなく回数で勝負しております
当然、母子とも、まだ、なれていないので、実家のお義母さんか(自分)がサポートしているありさまです
(自分)の役割は、毎日、時間があれば、(次男)を風呂(ベビーバスですが)にいれることです
(長男)で散々やったのに、4年もたつとすっかり忘れていました
(家内)に指摘を受けながら(自分)も(次男)の沐浴をやってます
おろくろも12日から15日まで、こちらに来て、(次男)を見て、(長男)の相手をして、満足して、広島に帰って行きました
もう少し、長くいたかったようですが、(自分)が出社したら、足がなくなるのでやむおえず帰ると言ってました
それから、(長男)の誕生プレゼントを送ってくれるそうで、どうもありがとう(もらう前に言っておけば、忘れないでしょう)
以前言ったと思いますが、(長男)でもわかって少しドイツ語が書いてある絵本を何冊かお願いします
(長男)用なので、飛行機や電車に関するものがよいと思います
では、また」
このときは、次男の「口蓋裂」については妹に話していませんでした
母には話をしたのですが、妹や親戚にはずいぶん後になって、話をしたように思います
一番気がかりだったのは、まだ、健在だった祖父母に対してでした
痴呆が始まっていた祖父母は、すでに母の介護が始まっていたのです
母や妹とも相談して、心配をさせられないとして、祖父母には次男の「口蓋裂」のことは、亡くなるまで話すことはありませんでした
(「次男の治療生活」その4(口蓋裂)へ続く)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
「お誕生日おめでとう!!」
(´0ノ`*)
