8月24日は、自分の母の誕生日 | ☆ワシの終活☆

8月24日は、自分の母の誕生日

8月24日は、自分の母の誕生日(74歳)


母は、鳥取生まれで、神奈川育ち(戦後は、鶴見にいたと聞く)


一見田舎の女性に見えるが、何の何のキャリアウーマンでした
(母の若い頃の写真を見ると美人だったねえ。女優でも行ける。)


父とはどういう風に出会ったか?


教えてもらったが忘れた


遠距離恋愛で、父からの強いプッシュがあったと聞く


でも、叔父(母の兄)は違う人(叔父の友達)と結婚させたかったらしい


芸術家という舅・姑の家(広島)に嫁いだ母


家屋こそ違うが、同じ敷地で二世帯同居という環境だった


したがって、ドラマでよくあることだが、義父母の世話にかなり苦しんだことを聞いたことがある


おまけに、夫である父は新聞記者の為に不規則な生活を強いられた


でも、父を愛していたということはよく聞く


自分が二歳の時、父の転勤で、岡山で自分と三人の水入らずの生活


祖父母から離れての生活だから、新鮮だったと思う


でも、その時に悲劇が襲う


夕方の夕食の支度をしているとき、自分がコンロ(その当時はシステムキッチンなんて無かった)のホースに足を取られて、コンロにかけてあった煮え湯をかぶってしまう


その時、自分は1つ間違えば死んでいただろう(この後も数回自分は死ぬ目に会う)


祖父の働きで、広島の病院と岡山の病院を回り、岡山で名医にであった、何とか命を取り留める


そのころやけどには、油を塗るといいなんて、謝った処方が信じられていた


母にとっては、このときが一生の不覚であり、自分に対しても、頭が上がらないことであるという


こんな年になった自分は、今でも、首から肩にかけてケロイドが残っている


被爆地広島で、やけどのケロイドを背負っているから不思議なものだ


母はその後の皮膚の移植手術を薦めたが、自分は断った


そして、また広島に帰り、また、祖父母との同居生活


自分8歳の時、母33歳の時、父が胃ガンで他界(享年37歳)


母の献身的な看病があったが、その当時の医学ではガンはどうすることもできなかった


自分もショックであったが、母ももっとショックだっただろう


8歳の自分と3歳の妹を二人抱えてどのように生きていくのか?


いろいろな理由もあっただろうが、祖父母は自分達のの養育は放棄した形になる


その代わり、母方の祖父母に、母子が引き取られることになる


しかし、父の性を名乗る


それから、母の就職


今から40年以上も前のこと


30歳過ぎで、しかも女性の働き口も無い状態で、母は職を探す


父の職場を頼って、新聞社への入社


パートでは無く、正社員としてだ(よく就職できたと思う)


男社会の最たる所で母は必死に働いた


今で言う、キャリアウーマンの走りだったと思う


そんな母のがんばりと、祖父(母の父)がまだ働いていたということもあって、母子家庭という引け目も無く、自分と妹は何不自由なく成長できたと思う


母のがんばりと強さに感謝している


新聞社では、部長職まで上り詰めた母であったが、自分が就職したときは、復縁を薦めた


「今更、男のケツを拭く気にはなれない」と言って、取り合ってくれなかった


自分や妹に対して、父方の祖父母達の縁を大事にしたかったという


やっぱり、親なんだなあと思う


母親にとって、けっして旦那をないがしろにするわけではないが、子供が一番


自分が今親になって、学ぶところが多い


自分が就職してからは、自分の家を持つということで、祖父母から独立し、マンションを購入し、独身生活を満喫のはずだったが


今問題になっている介護の大変さを真っ先に体験することになる


祖父母がボケたのだ


自分は関東、妹はドイツという状態


当然、母一人で、祖父母二人のめんどうを長期間見ていた


十年以上の介護期間があっただろうか、いよいよ母も限界


今で言う介護疲れから倒れるという一歩手前まで迫った時、神奈川の叔父(母の兄)の協力をもらって、母を介護から解放することが出来た


その他、細かくはいろいろあったが、この人生は波瀾万丈と言うべきなのだろうか?


でも、母はけろっとしている


それが、日本の母親なのだろうか?


そんな母だから、母に関わる女性は、母と親しくなる


いろいろなことを経験しているから、女性は皆、アドバイスを求めたがるのかもしれない


妹の友達もみんなそんな感じだ


いっそ、今の奥さん達やOLに向かって講演でもすればいいかもね


まだ、十分、母親孝行は出来ていないよねえ


ホントは、母を呼ぶ為に家を買ったが、母は「見知らぬ土地には行かない」と言って拒否


「その代わり、呆けたらめんどう見てくれ」とのこと


母が自分達のことを一番に考えてくれることはよく伝わってくる


「一番の孝行は、私(母)より、先に逝かないこと」と口癖に言う母


いつかは送らねばならないが、それまでは、しっかり、孝行しましょう


「おふくろ、お誕生日おめでとう!!」


<わし の ひとりごと>-20090824ウメバチソウ 1

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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、この日誕生日のすべての奥さん・お母さんへ

「お誕生日おめでとう!!」

(*^ー^)ノ