データベース制圧の精神科医ブログ、長崎広島原爆・福島原発・第二次大戦・児童虐待・DV・レイプ複雑性PTSDの薬物療法 -4816ページ目

(93)太平洋戦争敗戦前日の山口県岩国駅大空襲とPTSD

敗戦前日の昭和20年8月14日になお全国数ヶ所がBー29爆撃機に空襲されました。米軍基地の二倍拡張で話題になった岩国駅周辺は空襲で千人の死者を生じました。子供の頃から市内中心部が広い畑地のままで不思議に思っていた一角がありました。世紀末に父親が初めてそこで空襲の被害者の遺体が火葬 にされたことを教えてくれました。今そこには住宅やマンションが建ちました。岩国大空襲の碑が建てられたのはほんの数年前です。米軍が邪魔したわけではなく岩国市民の集団PTSDがPTSD特有の外傷記憶の回避をやめるのにそれだけの歳月を要したのです。
精神医学の素人集団ながら「黒い雨」被爆PTSDの再再調査を宣言したガッツのある広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん。山口県まで出張して調査してくれませんかね。

(92)PTSD治療でEMDR を選択する非科学性と薬剤性催眠術を選択する合理性

PTSDを治療研究するために催眠術を経験することは絶対に必要です。催眠術単独で治療するためではなく、PTSDの中核病理である「解離」を体感するためです。経験の有無により人間の精神構造と疾患病理への理解が桁違いに向上します。SSRI、SDAの真の薬理効果を引き出すにも必要です。特殊な才能を必要とするEMDR(普通の催眠術)よりも薬剤性催眠術の方が多数の精神科医師のトレーニングが可能になります。薬剤性催眠術が廃れたのは薬剤に頼りすぎて暗示の本質を見失ったためと戦争PTSDの概念が定着しなかったからで、アメリカが普通の催眠術に後退したのは薬剤性催眠術を忘れたからです。催眠術を忌み嫌う日本の精神医療がEMDRなら拒絶しないのは新しい(と思う)舶来品だからです。

(91)薬剤性催眠術と慶応大学精神科

ドクトルマンボウ航海記の作者である元精神科医 北杜夫氏によれば1950年代には慶応大学精神科外来でも薬剤性催眠術は行われていました。しかし、この方法がきれいに消滅したのはおそらく効果が落ちていったからです。注射は擬似催眠状態を作りだしますが催眠とは治療者から患者への言語や態度によるメッセージ(暗示)を伝えやすくする条件に過ぎません。たかが睡眠薬で何でも可能と治療者が錯覚して真剣さを失えば効果は急速に 消失します。

(90)薬剤性催眠術と暗示

催眠術と聞くと忌み嫌う精神科医(わたしもかってそうでした)も、EMDR(PTSDの最新治療法と言われる単なる催眠術)と聞くと抵抗感がなくなりますが、あんなの簡単に習得できるわけありませんし、それだけで治療できるわけでもありません。私がPTSD治療で最初に試したのは医師なら誰でもできる薬剤性催眠術です。第二次大戦中に英米戦陣精神医学が千人単位で治療に用いた手技です。睡眠薬注射剤(当時はバルビツール剤、私が使ったのはベンゾジアゼピン剤)をゆっくり静脈注射すると催眠状態と類似した状態になり暗示をかけることができます。全身麻酔手術の覚醒時に恥ずかしいことをわめいてしまうというのも同じ話です。

(89)PTSDによるアルコール・ニコチン・ギャンブル依存とSSRI(フルボキサミン)

依存症の治療は患者同士による集団カウンセリング(アルコールなら断酒会)しか有効なものはないとされ、薬物治療法はないというのが定説です(役に立たないシアナマイドを知ってる人は無駄な知識だから忘れなさい)。SSRIのフルボキサミン(商品名ルボックス)がアルコール依存を抑制することに気づいた人がいて症例をかなり集めた人もいますが、理屈がないとして無視されています。その人は患者が酒がまずくなったと言うことに気がつきました。私はパチンコ依存に悩んで受診した患者に患者の父親がギャンブル依存で自殺した外傷体験があることを初診で発見し、暗示をかけてフルボキサミンを処方しました。彼はいきなりパチンコをやめました。自分がPTSDと気がついてなかった患者に禁煙を勧め、フルボキサミンを処方すると煙草もまずくなったそうです。依存症患者の中にも多数混在するPTSD患者にSSRIによる治療を併用すれば大きな効果が期待できるのですが。

(88)山間部で広島原爆の「黒い雨」を浴びたPTSD患者 広島原爆放射線医科学研究所の陰謀

わたしの「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性PTSDを呈した一例」(2006広島医学)にショックをうけ原爆PTSDの再調査に乗り出した広島原爆放射線医科学研究所 (原医研)とJSTSS初代会長金吉晴は先行論文を無視するという科学の定石破りであるがゆえに 三度目の失敗は運命づけられていますが、彼らがターゲットにしているのは北西部に流れた「黒い雨」を浴びた山間部住民です。被爆の基準を爆心地からの距離により定式化したのは原医研自身ですが、そのために爆心地から離れた山間部で放射能雨により被爆した住民は被爆認定すら受けていません。彼らの被爆による影響を精神医学面で証明しようと考えたのです(素人が無謀な)。わたしは広島で長期間統合失調症として治療を受けてきた患者に解離性障害患者を発見し→原爆PTSDと診断を変更した中に山間部被爆患者を複数発見しています。

(87)人類の文明への日本精神医学最大の貢献である研究

暗示とSSRIとSDAを用いた手法により東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆という人類史上最大の外傷体験を有する PTSD患者の同定にも成功しました。このような患者が存在することを証明できれば、その事実そのものが、人類とその文明が今後も存続していくことを可能にする、もっとも重要な警告となるのです。同じこと言ってましたよね広島原爆放射線医科学研究所(原医研)さん?先に見つけましたよ。

(86)SSRIとSDAによって証明されるPTSD

新型抗うつ薬と抗精神病薬として期待されたSSRIとSDAは、前者はうつ病を治せずかえって自殺の危険を高めると警告され、後者は入院統合失調症患者の半分以上が切り替えに失敗しています。しかし抑うつ感があるからうつ病と誤診されているPTSD患者、幻覚があるから統合失調症と誤診されているPTSD患者、高齢で記憶障害があるから認知症と誤診されているPTSD患者には共通して、暗示によりラポールが形成された後にはSSRIは外傷記憶を回復させ、SDAは外傷記憶を固定させるように作用します。アルツハイマーに対するアリセプトと同様に精神医学史上はじめて化学化合物による精神障害の同定に成功したのです。

(85)抗うつ薬、抗精神病薬によるうつ病、統合失調症という仮説の延命とその死

百年間一度もその存在が科学的に証明されなかったうつ病と統合失調症は1950年代に偶然発見された向精神薬により延命の道があたえられました。抗うつ薬と考えられた薬が効けばうつ病、抗精神病薬と考えられた薬が効けば統合失調症という治療から逆算した診断です。ところが現在この擬似証明も否定されつつあります。抗うつ薬で治るはずのうつ病が治らず、廃棄された電気ショック療法までひっぱりださねばならなくなったからです。

(84)復権した非科学的なうつ病と統合失調症の二元論

野口英世の発見した例外的な精神障害モデル。梅毒病原体による脳の破壊による進行性麻痺(脳梅毒)を唯一絶対のものとしたドイツ精神医学はうつ病と統合失調症の二元論を証明するため第二次大戦中に戦争PTSD患者を含む七万人の精神障害者の虐殺に協力し、脳標本の収集に狂奔したあとで自滅しました。世界の精神医学の主流はナチスから逃れて英米に亡命したユダヤ人精神分析医の活躍に移りました。ドイツ精神医学がわずかに生き残ったのは文化果つる極東の孤島日本でした。1970年代まで人類の精神医学にかける情熱とその成果は精神分析学の上にだけ輝いたのでした。ドイツとドイツ精神医学の残り滓をありがたく頂いた日本はこの大きな潮流に関与することはできませんでした。一方共にユダヤ系米国人であるリフトンからハーマンに至るPTSD研究はかってヒステリーと呼ばれた疾患が心的外傷によるものであることを明らかにしました。しかし、全盛を極めた精神分析学は、ある意味でルーツを同じくするPTSDを拒絶したために治療力が低下し、現在アメリカをほろぼしかけている民間保険制度にはめられて消滅しました。保険会社の採用したのはマニュアル化に馴染むがゆえに治療力を既にもたないドイツ精神医学でした。死体に化粧したDSM(アメリカの精神障害診断基準)を新規のものとして受け入れた日本の精神医学は、それが既に耐用年数が過ぎた自分達の過去の輸入品の再塗装品であることに気がつかなかったのです。唯一の希望はリフトン医師がDSMに割り込ませてくれたPTSDだったのです。百年を経過して一度も存在が証明されたことはなく、精神医学史上消滅しかけていた亡霊のような診断基準を元に未曾有のPTSD大量発生時代をわれわれは迎えているのです。