
渡邊渚さん、新潟中越地震トラウマ+性暴力被害トラウマ→PTSD 発病
13:33 2004年に7歳の時に新潟中越地震(死者46人・負傷4800人)に遭遇(この時はPTSD、PTSD と言ってたが、2007年新潟中越「沖」地震・死者15人・負傷2300人では言わなくなった)(2006年、こころの風邪うつ病開始)
いつ死ぬかわからないと思うようになり、毎年遺書を書いた。
2004年の地震だったと思うが、小学生の女の子が風呂か脱衣所にいた時に最初の揺れがきて、おばあちゃんが「服着て出てきなさい」と言ったら「はーい」と答えた次の瞬間の揺れで建物が壊れて女の子は圧死。
そのおばあちゃんは「裸で飛び出しなさい!」と言えば良かったと死ぬまで自分を責めただろうな。
2004年
新潟中越地震 朝日新聞
2005年 朝日新聞
2006年 朝日新聞
渡邊さんが、なぜ自称精神科医の治療(笑)を受けて治ったのかわかった。複合トラウマの一端を自覚し続けていたからである。
「過去を忘れて前向きに」だったら「不治」だったろう。
深刻な外傷体験を経験したら「後ろ向きになり、後ずさりして前に進め」
広島原爆複雑性PTSD 症例も、「父親の結核死」+「東京大空襲遭遇」+
「広島原爆被爆」のトラウマが複合し60年後に発病したことが傾聴(ラポール形成)していくとわかった。
児童虐待トラウマ複雑性PTSD の症例報告ができない自称精神科医2万人(日本精神神経学会)
「面前DV =児童虐待」









