(1813)150年前のグリージンガーの精神医学より後退した現代日本、火刑の代わりに絞首刑
小俣和一郎先生のグリージンガー 完訳は極めてタイムリーだったと言えるかもしれない。
「この犯人は精神障害者なのか?」「いや犯罪だ!」などという議論?は「地球は丸いのか否か?」とやっているのと大差ない。
「精神障害は脳『病』である」としたグリージンガーのスタート地点までもう一度もどらねばならない。
教授だの博士だの肩書きをつけた精神科医を武道館に布団ごと缶詰めにして議論させればいい。わからなければ、「解離性障害です」と断言する私をお招きして論破したければ論破させればいいのである。
「この犯人は精神障害者なのか?」「いや犯罪だ!」などという議論?は「地球は丸いのか否か?」とやっているのと大差ない。
「精神障害は脳『病』である」としたグリージンガーのスタート地点までもう一度もどらねばならない。
教授だの博士だの肩書きをつけた精神科医を武道館に布団ごと缶詰めにして議論させればいい。わからなければ、「解離性障害です」と断言する私をお招きして論破したければ論破させればいいのである。