明日熊本市内はこの冬一番の寒さになりそうです。
さて今日は前回紹介しきれなかった身近なクスノキたちを紹介します。我が家から80歩ほどの渡鹿公園のクスノキは去年の暮れに強剪定されていました。
私はクスノキを観るのが好きです。理由はその抽象絵画のような幹や枝の曲線にあります。そのフォルムはゴッホの絵を観るようです。
熊本県立劇場のクスノキ01
熊本県立劇場のクスノキ02
渡鹿公園のクスノキ01
渡鹿公園のクスノキ02
第9回
「ボトムズ」
ジョー・R・ランズデール
当たり前の話かもしれませんが、翻訳本は翻訳者の能力に追うところ大きいと思います。この本は、違和感なくグイグイ引き込まれる上手な翻訳で感嘆しました。
内容は80歳を過ぎて、70年前の夏の出来事を思い出す主人公。その当時、11歳の彼は暗い森に迷い込み、そこで出会ったのは伝説の怪物“ゴート・マン”・・・。必死に逃げて河岸に辿りついたけれど、そこにも悪夢の光景。体じゅうを切り裂かれた、黒人女性の全裸死体が木にぶらさがっていた・・・・・から始まります。
当時の黒人に対する白人の差別と偏見を実にうまく描きこんであります。全体的にはサイコキラーに分類されるミステリーですが、少年の成長を上手に絡めた素晴らしい作品でした。
クスノキは巨樹になる可能性があるので、庭で育てるには難しい樹です。ですから、空間と敷地に余裕がある神社や公園などに多いようです。神社のクスノキには神木としてあがめられているものもあり、身近なパワースポットと呼べないこともありません。
熊本市内には知る人ぞ知る藤崎宮の巨大クスノキ群がありますが、自宅の近所にも心惹かれるクスノキたちがいますので、今日ここに紹介します。
旧代継宮跡(花畑公園)の大クスノキは熊本市指定天然記念物です。
水道町交差点のクスノキには、ほのぼのとする立て看板がありました。グッジョブ!
の大クスノキ02
熊本学園大学のクスノキ01
水道町交差点のクスノキ
その当時、ベルリンの壁は冷戦時代の象徴であり、分断されたドイツの象徴でもありましたが、1989年11月10日未明以後は東西ベルリン市民によって破壊されました。写真は記念碑的に残されている壁の一部を撮影したものです。
ドイツが東西に分かれていた時代、東ドイツ側のベルリンがこの壁により、さらに東西に分かれていたわけです。壁の高さは3mほどで、長さは155kmあったようです。
ベルリンの壁で私的に思い出すのは、以前おつきあいがあった元商社マンの方の話です。なんとそれは壁の崩壊ではなく、何の前触れもなく東側がベルリンに壁を築くところを目撃したというものでした。
(2004年1月22日ベルリンにて撮影)
(2004年1月22日ベルリンにて撮影)
自宅から南阿蘇村の作業場に行く途中に「鼻ぐり井手公園」という公園があります。通るたびに鼻ぐり井手とはなんだろう、と気になっていました。
今日初めてトイレを借りるために立ち寄って、その鼻ぐり井手という歴史的農業土木施設の存在を知りビックリしました。それは土木のスペシャリスト加藤清正ならではのなせる技でした。スゴイ!
阿蘇に源を発する白川は火山灰土壌のためヨナ(火山灰土砂)等の堆積がひどく、白川から水を引いている井手の管理が課題でした。特にこの区間は地上から井手底までの深さが約20mにおよび、人力で井手底のヨナ等を排出することは極めて困難でした。
その課題を解決したのが、水力を利用して土砂を次々に下流へ排出する「鼻ぐり」という独特の仕組みです。
鼻ぐりの造りは、岩盤を掘削する際に約2~5m間隔に幅約1m、高さ4mの岩を隔壁として屏風のように残し、その下辺にカマボコ型の直径約2mの水流穴(鼻ぐり穴)をくりぬいたものです。その岩盤にぶつかった水流は、渦を巻き土砂とともに次の水流穴から送出されていく仕組みになっています。
鼻ぐりの仕組みは、全国無類のものであり、また非常に特色があるため、現代においても土木工学の調査・研究の対象として、学術的にも大いに注目されています。
出典:菊陽町作成のパンフレット
≪十日刊 ファグナのワンコインで晴耕雨読≫
第8回
「ティツィアーノ『パウルス3世とその孫たち』-閥族主義と国家肖像画」
ロベルト・ザッペリ(著)
巻末に三つ折りの図版があり、その絵を見ながら読み進むことができたのはとても便利でした。
作者のティツィアーノは年老いた教皇パウルス3世が、おそらくこの絵を受け取ることはないと考えていたようです。結局、この作品を描きかけのまま放置してローマを発つ際、完全に放棄します。ですから、この肖像はいまだに未完成のままです。
それはティツィアーノの息子への聖職禄(仕事をせずに収入が入る教会のポスト)が、不当にも与えられないままだったことに対し恨みを抱いていたことが要因のようです。この絵の未完成にはティツィアーノとパウルス3世の私利私欲と政治的な駆け引きが見え隠れしています。
解説は教皇(=教会)が絶大な権力を持つ当時の時代背景がよくわかる素晴らしいものでした。しかし、絵はうさん臭い雰囲気を漂わせた作品(パウルス3世がどう見ても狡猾な猿)で、とても好きにはなれませんでした。
パウルス3世とその孫たち
環境省の「平成の名水百選」に南阿蘇村の10か所の湧水地が「南阿蘇村湧水群」として選定されています。
今日はその中で、私が水を頂いている三つの湧水地をご紹介します。
一つ目は塩井神社の境内にある「塩井社水源(しおいしゃすいげん)」です。人と出会うことがほとんどない場所です。夏休み中に地元の子供たちが水遊びをしている姿を見かけるぐらいで、とてもひっそりとした空間です。
二つ目は岩下神社横の「池の川水源」です。ここは昭和60年に「くまもと名水100選」にも選定されています。わりと車のとおりが多い主要地方道に面していますので、いつでも先客がいます。
三つ目は「明神池名水公園」です。この湧水地には群塚神社(むれつかじんじゃ)という産神を奉った神社があり、ここの水を飲むと安産に効果があるといわれているそうです。
明神池名水公園
熊本市指定保存樹木とは、「熊本市緑地の保全及び緑化の推進に関する条例」の第13条に「市長は、良好な自然環境の確保又は美観風致を維持するため、規則で定める基準により保存樹木又は保存樹林(以下「保存樹木等」という。)の指定をすることができる。」とあります。
散歩コースに二つの「熊本市指定保存樹木」があります。
一つ目は大江神社の3本のイチョウです。葉の落ちたイチョウもそれなりの存在感があります。
二つ目は新屋敷のホルトノキです。それまでホルトノキという樹木を知りませんでした。しかし、なぜ民家のそれほど目立たないこの木が指定されたのか理由を知りたいです。どういった基準があるのか。それに、こんなに立派な標識にする必要性は何なのでしょうか・・・。
「ホルトノキ」:ホルトとはポルトガルのことを意味するという説(実際はポルトガル原産ではない)。江戸時代に薬用に使われていたホルト油(オリーブ油のこと、ポルトガル油ともいう)の採れる木と誤解されたためという説。どちらにせよ誤解から名付けられたと考えられている。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大江神社のイチョウ03