前回紹介したのはサギソウでした。今日は5月に咲いたトキソウ(朱鷺草)を紹介します。絶滅した朱鷺から名付けられたようです。
朱鷺は翼の下面は朱色がかった濃いピンク色をしており、日本ではこれを朱鷺色といいます。トキソウの色は淡い紫色です。あまり色も形も似ていませんので、なぜトキソウと呼ばれているのか疑問を感じています。でも、とても可憐な湿地性植物であることに変わりはありません。
8月16日(木)の南阿蘇村の晴れと熊本市内の雲の記録です。
今日は終戦記念日です。「日本のいちばん長い日」というタイトルの映画があるのをご存知ですか?
この映画は降伏を決定した1945年8月14日の正午から、国民に対してポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日の正午までの24時間を描いた作品でした。今日はそれとは全く関係のない「日本のいちばん長い駅名」の紹介です。
それは「南阿蘇 水の生まれる里白水高原駅」という南阿蘇鉄道高森線の駅です。
この無人駅は平成4年4月の開設当時は日本一長い駅名でした。しかし、平成13年4月に島根県松江市に「ルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅」が開設されことで2番目となりましたが、平成19年5月に美術館前駅の改名により再び日本一長い駅名に返り咲きました。
現在は読み仮名が22文字ある「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅」(茨城県鹿嶋市鹿島臨海鉄道大洗鹿島線)と並んでの日本一長い駅名となっています。
揺ヶ池(ゆるぎがいけ)は阿蘇郡西原村にあります。地下からの湧水により水面が常に揺らいでいたことから揺ヶ池の名がついたそうです。
阿蘇の伏流水の一つで、古くから「お池さん」の名で親しまれ、大正時代は病を治す霊水として評判だったそうです。
その話はこうです。大正3年(1914年)8月のある夜、西原村のある人が夢で「長年の足の痛みは、この池の水を飲んだり、患部にぬったりすると治る」とのお告げを受けます。それに従うとわずか一ヶ月余りで治癒したとのことです。
これが評判となり、その当時は国内はもとより海外からも、この池へ多くの方が水汲みに来られたそうです。現在でも県内外から訪れる人が多くみられます。
その不思議な話がはじまった時から、この社殿には揺ヶ池の主之神と弁財天の二柱を主神として奉納してあります。また、新社殿は平成17年に建立されました。
ここは間違いなくパワースポットといえるとても神秘的な空間です。
四時軒(しじけん)は、幕末維新の開明思想家として知られる横井小楠(よこいしょうなん)の旧居です。内坪井(現在の熊本市坪井)に生まれ、安政2(1855年)年に沼山津に移り住んだ小楠は、家塾として四時軒を開き、多くの門弟を養成しました。
かの坂本龍馬や「五か条の御誓文」を起草した由利公正(ゆりきみまさ)、「教育勅語」の起草に尽力した元田永孚(もとだながざね)、「大日本帝国憲法」の草案をつくった井上毅(いのうえこわし)らもこの四時軒を訪れています。
熊本藩は小楠の望みや計画を受け入れませんでしたが、越前藩主の松平春獄は彼の思想を認め、春獄が幕府総裁になると小楠を政治顧問として仕事に当たらせました。
小楠は明治2年(1869年)1月5日、攘夷派により、明治新政府の参与(現在の大臣)として参内していた京都で暗殺されます。享年61歳でした。
四時軒から北東方向へ10分ほど歩いたところには、小楠の銅像と頌徳碑(小楠の徳をたたえる碑)などが建てられている小楠公園があります。
隣村の西原村の俵山(標高1095m)から見た南阿蘇村の晴れの様子です。
カルデラ内の阿蘇五岳(写真左側)とそれを囲む南外輪山(写真右側から続く山並み)にはさまれた南阿蘇村は南郷谷と呼ばれ、昔からそこで暮らす人々を谷人と呼ぶようになったそうです。風の谷の住人なのかもしれません、なんてね♪
南郷谷の晴れの写真は俵山を登る途中、150m程ごとに撮影したものです。俵山峠展望所(標高700m)付近ではパラグライダーに出会いました。ナウシカではないようでした(笑)
6月15日に購入し、7月23日に4cmだったゴーヤが、17cmになり、あと目立つところでは14cm、13cm、8cmがあります。苗の購入が5月であれば、もっと成長が早かったかもしれません。1か月以上、遅れてしまいました。それにしても、省エネと食糧、緑のカーテンは一挙両得ですね。
≪ワンコインで晴耕雨読≫
第24回
「いま『ゼロ戦』の読み方‐ソフトの格差が勝敗を分ける」
日下公人・三野正洋(著)
太平洋戦争初戦、黄色人種が戦闘機など作れるわけがないと高をくくっていた米軍が、ドッグファイトに対するゼロ戦の高性能な機体とパイロットの優秀さに息をのみます。
しかし、日本ではエンジンを作るための金型づくりができないため(ゼロ戦のエンジンの金型も輸入品)、性能アップさせた新型エンジンの大量生産ができません。しかしそれができる米国のグラマンのエンジンは次々と改良されていきます。ゼロ戦の機動力に対し、ドッグファイトせず、高高度から一気に一撃必殺攻撃をする強力なエンジンを開発し、作戦は成功します。
日下氏と三野氏が常識や習慣を疑い、ゼロ戦の長所と短所から真実を見抜くすべを対話形式により、日本経済の行く末を語ります。
発刊されたのが1998年4月ですが、とても面白い本でした。
「ゼロ戦マンガ戦史」より
ゼロ戦といえば、あの感動の小説「永遠の0(ゼロ)」が、映画化されます。2013年公開だそうです。今から楽しみです!
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