四時軒(しじけん)は、幕末維新の開明思想家として知られる横井小楠(よこいしょうなん)の旧居です。内坪井(現在の熊本市坪井)に生まれ、安政2(1855年)年に沼山津に移り住んだ小楠は、家塾として四時軒を開き、多くの門弟を養成しました。
かの坂本龍馬や「五か条の御誓文」を起草した由利公正(ゆりきみまさ)、「教育勅語」の起草に尽力した元田永孚(もとだながざね)、「大日本帝国憲法」の草案をつくった井上毅(いのうえこわし)らもこの四時軒を訪れています。
熊本藩は小楠の望みや計画を受け入れませんでしたが、越前藩主の松平春獄は彼の思想を認め、春獄が幕府総裁になると小楠を政治顧問として仕事に当たらせました。
小楠は明治2年(1869年)1月5日、攘夷派により、明治新政府の参与(現在の大臣)として参内していた京都で暗殺されます。享年61歳でした。
四時軒から北東方向へ10分ほど歩いたところには、小楠の銅像と頌徳碑(小楠の徳をたたえる碑)などが建てられている小楠公園があります。



