水たまり 掃き溜まり
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不意に思い出して、久々にログインしてみました。

もしかしたら、もう残ってないかもしれないと思ったけど、残ってるもんなんですね。

 

前回日記を書いてから、いろんな変化がありました。

自分が成長したかはわからないけど、社会人になってからの年数も、片手では数えられなくなりました。

 

うまくいかないことも多いし、後悔していることも多々あります。

かつての同級生と自分を比べて、おいていかれているような感覚になることもあります。

それでも、何とか生活しています。

 

これからどうなっているかはわかりませんが、これからもほどほどに頑張って生きていけたら。

 

今年は桜が咲いている期間が長くて、例年よりもしっかりと桜を見ることができました。

大事な人とも、一人でも。小さなことにも喜びを見出しながら、また明日から闘っていきたいです。

人の縁って本当に面白いなと思います。

 

知人の結婚式が2つ、立て続けにありました。人生の中で何度もない一大事に立ち会わせてくれることに、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。実習で同じ配属先だったことや、高校で同じクラスになったこと、偶然と言ってしまえばそれまでですが、袖振り合うも他生の縁。

そういう考え方も面白いなと最近思います。

 

先月には祖父の一周忌もあり、普段仕事で滅多にスーツを着ない身としては、ネクタイを締めるたびにいろんなことを考えさせられます。何気なく分かれた人も、今日が顔を合わせる人生最後の日かもしれない。自分は社交的な人間ではないのであまりたくさんの人と仲良くなれるタイプではありませんが、そんな自分と仲良くしてくれる人たちとの付き合いは、大切にていきたいです。みんな自分の生活に一杯一杯で滅多に会えないけど、あちこちで頑張ってることを考えると、人一倍いっぱいいっぱいな自分はもっと頑張らないといけない。

 

黒よりも白のネクタイを締める機会がはるかに多いような、そういう人生になればいいですね。

2015年は3回しか日記を書かず、もはや細々とかいう次元じゃなくなっていますが、それでも思い出したころには書きます。過去の自分が何を考えていたかを振り返るのって恥ずかしいけどちょっと面白いので。どうせ見てる人なんかいないし。

仕事も少しずつできることが増え、うまくいくこともあれば思い通りにいかないこともあり、という感じ。この辺で伸び悩まないように、もう一歩意識を変えていかないとダメなんだろうな。

数か月前、とある人がチームを移動し、そのあおりを受ける形で別チームへ移りました。一緒に仕事する人も、仕事の内容もガラッと変わって、それはそれでいい経験かなと思います。ただ、その人の働き方が気に食わない。あんたの選択がこっちにまで影響していることをわかっているはずなのに、そんな半端な働きしかしないなら、もとの形に戻してほしい。

会社の同僚とはいえ、結局は生き残りをかけた勝負相手だと思っているので、蹴落としたり蹴落とされる結果になるのはある意味仕方ないと考えているんですが、肝心の相手にその自覚がないと、何となくやりきれないです。せめて、「俺がやりたいことやるために移ったんだから、お前がどうなろうが知らんわ」くらい言ってきたら、張り合い甲斐もあるのにな。

自分で書いててよく分からなくなってきたけど、一言でいえば、仕事に対する考え方が少しずつ変わってきたということで。ついていくことに精いっぱいだったところから、自分はこの仕事をどういう風に進めたいか、自分はどうなりたいのかをほんのちょっとだけ考えるようになった気がします。偉そうなこと書いてるようで、まだまだ自分一人じゃ何もできないペーペーですけどね。

そういえばもう一つ、残しておきたいことがありました。

昨年、身近な親戚を一人亡くしました。穏やかな最期だったし、もうそんなに長くないということでお盆に会いに行っていて本当に良かった。葬儀の中で初めて知る一面も多く、改めて尊敬させられるような、そんな立派な方でした。自分にできるのは、亡くなった方との思い出を忘れずに残しておくことと、生きている身近な人たちを大切にすることなんだなと、いまさらながら実感させられました。

無人になってしまったあの家は最終的にどうなってしまうのか分からないけど、そこで過ごした思い出を、いつか自分の子供にも教えてあげたいと思います。薪で風呂を沸かしていたこととか、屋根に上って柿の実をとったこととか、初めてかまくらを作ったこととか、虫や土筆をとりに行ったこととか、いつもお菓子やパンをくれたこととか。

でもやっぱり、帰る場所が一つ減ってしまったのは寂しいですね。寂しい。

2016年は、どんな年になりましたか?
いろんな経験をしながら最近よく思うのは、結局自分は人と感性が少しずれているし、それを完全に理解してもらうことは難しいということです。

これまで常識人のふりをしてみたり、仲間外れにならないように目立たないようこそこそしていたけど、いっそ割り切ってしまった方が楽だなと、近頃思うようになりました。たぶんよく接する人にはすでに何となく伝わっているだろうし、いまさら価値観を変えるのも難しい。世間一般の同世代が面白いと感じることでも、自分がつまらなければ追いかける必要もないし、逆も然り。そんなところで無理をしているから、何でもないことで無駄に疲れをため込んでしまうんだと思う。

冷静になると当たり前のことで、誰しも多かれ少なかれそういう部分を持っているはずなんです。
面白くなくても周りに合わせて笑わなくていいし、流行りのタレントを知らなくてもたいして迷惑はかけないはず。鬱陶しい無茶ぶりに付き合う義理もないし、かまってほしい人がいればかまってほしいと言えばいい。それで遠ざけられるのなら、しょせんその程度の関係性しか作れなかったということで。

みんな酔っぱらって盛り上がっている中でふっと醒めてしまうのも、一般的にはしんどくて誰もやりたがらないことが割と苦痛でなかったりすることも、あったって仕方ない。高い車や時計に魅力を感じなくても、弱くてファンも少ないプロスポーツチームをずっと応援しているのを理解してもらえないのも仕方ない。ずれちゃってるんだからどうしようもない。

どうでもいいことは諦めてしまって、そんなには多くない、本当に諦めてはいけないことだけを諦めなければ、まあいいのかなと最近思うようになりました。
連休終わっちゃったなあ。一週間働くのってあんだけしんどいのに、いざ休むとなるとあっという間ですよね。

この連休、できたこともできなかったこともあるけど、それなりに充実していたとは思います。
特に5月3日は、自分にとって極めて大きな一歩…になればいいなあ。
それはこれからの自分の頑張りと、成り行き次第なんですけどね。

もうこんだけの字数ならtwitterでも事足りるんだけど、それでももう少しこのブログは残しておこうと思います。書いてる本人すらここの存在を忘れてしまうまでは。人生何事も、細く長くということで。