臨死体験・・・。
死ぬような何か重大な事件や事故、または出来事が起こるのは非常に嫌だけれど、なぜか惹かれてしまう「臨死体験」というもの。
それもそのはず。その時に見た光景、景色、起きた出来事、感じたものは、この現代に生きている場合にはおおよそ、体験できないようなことを体験できるからである。
タイムトラベル、ピラミッドの建設風景、リアルな過去の景色、自分の体験とリンクする過去の不思議な体験が自分と関係があるだとか、空を自由に飛べる、なのに物に触れられる、風を肌で感じる、かと思えば何があっても痛くはない、むしろ痛みは感じるけれど不快じゃ無い不思議な感覚、と思ったら壁を透き通っていくこともできる・・・。
というような、超不思議体験が盛りだくさんの臨死体験、または不思議体験談が盛りだくさんだからこそ、惹かれてしまうのが臨死体験なのではないかなと思う。
「本当なのかな?」と思うような、「本当っぽい!」と思わせるような、マジにリアリティの感じる臨死体験談ですが・・・
ちょっと、僕の解釈でこの臨死体験についてバッサリ切らせてもらいますとですね、全部「夢」で片付きます。
それも「明晰夢」というやつで全て解決。
「はい。誰にでも起こせるのですね・・・」
という、夢だけに「夢の破壊」です。
「夢を壊さないで」と言われるやつですが・・・、夢なんだからしょうがないでしょ。
それ、少し勉強してから「臨死体験なんてどうでもいいや」って僕は思うに至りました。
体験したくもないし、体験するってことは現世に戻ってくるってことだから、もしそういう機会があるのなら(若いうちにあるのは嫌だけどもう死んでもいいくらいに思える年老いた時に来るとして)、僕は戻らずそのまま逝きたいなぁって思った。
むしろ、その「夢」の方を意識的に体験してみたことによって、意識的に夢の中でいろいろなことを試してみましたが、まさに「生きているかのような夢」を見ることができました。これは本当、すごいんです。それを明晰夢っていうんですけど。
さて、その「明晰夢」ですが・・・
まずね、時々「臨死体験の時にした何かが現世に残っている」という話がありますが、それはただの思い込みですね。
人間は記憶を捏造するプロと言っても過言ではないほど、記憶って簡単に作られてしまうんです。
こんな実験があるそうです。
ある小学生子供に、体験したことのない昔の話をその兄貴に話し続けさせました。
3週間ほど「お前は昔、強盗と当たったことがある」みたいな内容だったと思うのですが、それを覚えているか?と答えると当然のことながら「覚えていない」と当初は言っていました。しかし、3週間言い続けたのちにそれを聞いたら「鮮明に覚えている」と話し始めたのでした。体験していないのに。
というようなことっていくらでもあります。
例えば僕で言えば、「こんな夢を見たんだよね」と話していたら「そんな記事あったぞ?」と言われて、実際に調べてみたらそんな記事があったんですよ。で、これは夢で予知夢を見たのではなくて、夜中に起きて無意識に携帯を見ている時の光景がぼんやりしすぎてまるで夢のなかにいるかのような感じだっただけなんですよ。実際に見たことが夢で見たような感じになることすらある。
だから、「こういうマークを付けて来た」という類の話は全て、ちょっとした「勘違い」から「記憶が捏造」されている可能性しかありません。残念ながら。
「謎のなんとか」とか言いますが、ただのたまたま着いた傷みたいなものに、程の良い理由が作られて、その記憶が作られてしまったっていうだけじゃないのかな。残念すぎるでしょ。でも、限りなくそれがこの現世での道理に近い理論なのではないかなと僕は考える。
ただし、そういう「明晰夢」を見たことだけは事実なので、体験自体を否定する訳ではありません。リアルにその体験そのものは出来るんです。ただし、何度も言うようにそれは「ただの自分の夢」ということなのです。
こうしたある種の「夢」はぶち壊した方が良いと僕は思います。なぜなら、そういう解釈をした時点で、「あなた個人の夢が世界を変えるの???」「あなた個人の夢が真実?事実になるの?」っていうことになりますから。ほら、「なんだかなぁ」っていう、この胸のあたりの気持ち悪さを感じ始めてしまった人は、それは新しい視野を開拓している途中、というような感じなのではないかなって僕は考えます。
さらに、実際のところ、それを否定するのではなくて「そうなっちゃうよね」っていう共感は大いにできるようになります。「そうだよね」と、僕のように不思議な話が大嫌いであっても、その「原因」がわかれば「そういう解釈になっちゃうのはわかります」ってなります。だから「そうなんだよね〜」って、嫌いな相手の意見を受け入れることができます(笑)。
ただただ、何度も言いますが残念ながら全て夢です。夢なのです。
それも「明晰夢」という、超リアルに、まるで夢じゃないかのような夢を見ることが人間は時々あるのですが、それなのです。
または、夢の中で「これ夢だ」と気付くことが明晰夢なのですが、それに気付いた瞬間に、意識がありますから、夢を意識的に見ることができるだけで、そのリアリティには度肝抜かれます。
それほどに体験が濃い夢のために、勘違いが起こりやすいのです。
という視点で見ていくと、世の中に溢れる臨死体験、または不思議体験、その全て、「あぁ・・・夢かぁ・・・」となります。
その瞬間、思い込みが無くなり、視野が開けて、思考が柔軟になり、新しい発想が出てきたりとか、するかもしれない。じゃぁないですか。
だから、僕は、壊し続けたい。漠然と信じ続けてきたいろいろを、ぶっ壊していきたいと考えています。そのためには、「なぜなのか?」を常に突き詰めて考えていく必要がありそうなんです。
死ぬような何か重大な事件や事故、または出来事が起こるのは非常に嫌だけれど、なぜか惹かれてしまう「臨死体験」というもの。
それもそのはず。その時に見た光景、景色、起きた出来事、感じたものは、この現代に生きている場合にはおおよそ、体験できないようなことを体験できるからである。
タイムトラベル、ピラミッドの建設風景、リアルな過去の景色、自分の体験とリンクする過去の不思議な体験が自分と関係があるだとか、空を自由に飛べる、なのに物に触れられる、風を肌で感じる、かと思えば何があっても痛くはない、むしろ痛みは感じるけれど不快じゃ無い不思議な感覚、と思ったら壁を透き通っていくこともできる・・・。
というような、超不思議体験が盛りだくさんの臨死体験、または不思議体験談が盛りだくさんだからこそ、惹かれてしまうのが臨死体験なのではないかなと思う。
「本当なのかな?」と思うような、「本当っぽい!」と思わせるような、マジにリアリティの感じる臨死体験談ですが・・・
ちょっと、僕の解釈でこの臨死体験についてバッサリ切らせてもらいますとですね、全部「夢」で片付きます。
それも「明晰夢」というやつで全て解決。
「はい。誰にでも起こせるのですね・・・」
という、夢だけに「夢の破壊」です。
「夢を壊さないで」と言われるやつですが・・・、夢なんだからしょうがないでしょ。
それ、少し勉強してから「臨死体験なんてどうでもいいや」って僕は思うに至りました。
体験したくもないし、体験するってことは現世に戻ってくるってことだから、もしそういう機会があるのなら(若いうちにあるのは嫌だけどもう死んでもいいくらいに思える年老いた時に来るとして)、僕は戻らずそのまま逝きたいなぁって思った。
むしろ、その「夢」の方を意識的に体験してみたことによって、意識的に夢の中でいろいろなことを試してみましたが、まさに「生きているかのような夢」を見ることができました。これは本当、すごいんです。それを明晰夢っていうんですけど。
さて、その「明晰夢」ですが・・・
まずね、時々「臨死体験の時にした何かが現世に残っている」という話がありますが、それはただの思い込みですね。
人間は記憶を捏造するプロと言っても過言ではないほど、記憶って簡単に作られてしまうんです。
こんな実験があるそうです。
ある小学生子供に、体験したことのない昔の話をその兄貴に話し続けさせました。
3週間ほど「お前は昔、強盗と当たったことがある」みたいな内容だったと思うのですが、それを覚えているか?と答えると当然のことながら「覚えていない」と当初は言っていました。しかし、3週間言い続けたのちにそれを聞いたら「鮮明に覚えている」と話し始めたのでした。体験していないのに。
というようなことっていくらでもあります。
例えば僕で言えば、「こんな夢を見たんだよね」と話していたら「そんな記事あったぞ?」と言われて、実際に調べてみたらそんな記事があったんですよ。で、これは夢で予知夢を見たのではなくて、夜中に起きて無意識に携帯を見ている時の光景がぼんやりしすぎてまるで夢のなかにいるかのような感じだっただけなんですよ。実際に見たことが夢で見たような感じになることすらある。
だから、「こういうマークを付けて来た」という類の話は全て、ちょっとした「勘違い」から「記憶が捏造」されている可能性しかありません。残念ながら。
「謎のなんとか」とか言いますが、ただのたまたま着いた傷みたいなものに、程の良い理由が作られて、その記憶が作られてしまったっていうだけじゃないのかな。残念すぎるでしょ。でも、限りなくそれがこの現世での道理に近い理論なのではないかなと僕は考える。
ただし、そういう「明晰夢」を見たことだけは事実なので、体験自体を否定する訳ではありません。リアルにその体験そのものは出来るんです。ただし、何度も言うようにそれは「ただの自分の夢」ということなのです。
こうしたある種の「夢」はぶち壊した方が良いと僕は思います。なぜなら、そういう解釈をした時点で、「あなた個人の夢が世界を変えるの???」「あなた個人の夢が真実?事実になるの?」っていうことになりますから。ほら、「なんだかなぁ」っていう、この胸のあたりの気持ち悪さを感じ始めてしまった人は、それは新しい視野を開拓している途中、というような感じなのではないかなって僕は考えます。
さらに、実際のところ、それを否定するのではなくて「そうなっちゃうよね」っていう共感は大いにできるようになります。「そうだよね」と、僕のように不思議な話が大嫌いであっても、その「原因」がわかれば「そういう解釈になっちゃうのはわかります」ってなります。だから「そうなんだよね〜」って、嫌いな相手の意見を受け入れることができます(笑)。
ただただ、何度も言いますが残念ながら全て夢です。夢なのです。
それも「明晰夢」という、超リアルに、まるで夢じゃないかのような夢を見ることが人間は時々あるのですが、それなのです。
または、夢の中で「これ夢だ」と気付くことが明晰夢なのですが、それに気付いた瞬間に、意識がありますから、夢を意識的に見ることができるだけで、そのリアリティには度肝抜かれます。
それほどに体験が濃い夢のために、勘違いが起こりやすいのです。
という視点で見ていくと、世の中に溢れる臨死体験、または不思議体験、その全て、「あぁ・・・夢かぁ・・・」となります。
その瞬間、思い込みが無くなり、視野が開けて、思考が柔軟になり、新しい発想が出てきたりとか、するかもしれない。じゃぁないですか。
だから、僕は、壊し続けたい。漠然と信じ続けてきたいろいろを、ぶっ壊していきたいと考えています。そのためには、「なぜなのか?」を常に突き詰めて考えていく必要がありそうなんです。