↑こんな馬鹿な意見がまかり通るのは日本だけなんじゃないの。
とか、思っちゃうね。
すごいよね。
こういうことをマジで思っているのなら注意が必要だと思うよ。

考えてみてください。

「この世に障害者はいない」

と言う人。
足が無い人にそれを言えるんですか。
手が無い人にそれを言えるんですか。

「言えない」とでも言うつもり?
いやいや、言ってんだよ。あんた。
もっと考えて発言した方が良いと思うよ。


「この世に障害者はいない」

それは、障がい者に対して健常者と同じであれと言っているってことだよね。
「こちら側に来い」ってことだよね。

なに言ってんの。
無理な人は無理なの。無理なんだって。
赤ちゃんに10キロのダンベル持てって命令すんなって。
しょうがないんだって。それが障がいっていうものなんだから。

何がどうであれ、いろいろ考えた方が良いことはあると思うけど、
普通ではないんですよ。だから「障がい者」って言われるんですから。

普通じゃないことを認めてあげないとかわいそうだと僕は思うよ。
普通じゃないことを認めるからこそできることってたくさんあるんですよ。

障害者がいない→支援する必要はない→残された障害者はどうなる?
そんなことも想像できないんだね。

障がい者を支援する制度を作るのは、障がい者じゃないんですよ。
健常者なんです。その健常者が、そんな馬鹿なことを言って、
それが本当にまかり通るなら、今でも十分にダメな制度なのに、
もっとダメになるよ。


いや、でもね、たまに居るんですよ。

「わたしを障がい者だと思わないでください」っていう人。

なぜ、そんなことを言えるんだと思いますか?

それは、親がその子を、障がい者として接しているから、
人よりも労力と時間をかけて、献身していて、かつ、
「それに気付いていないから」なんですよ。

それをわかっておいた方が良いと思うよ。

それをわかっていて、なおそうやって言うのなら、
口が悪くて申し訳ないけれど、ただのアホだと思うよ。

だから、気付いていないくらいの方がまだマシなんですよね。


昔、手しか動かなくて、しゃべることも出来ない子がいて、
ただ、指を器用に動かして、何を言いたいのかを伝えられるっていう人いがいてね、
その子がまた、本とか出したりして、親を諭したりして、人格者なんですよ。

昔、すごく本が売れた気がするね。

で、そんな子が言うんです。
「わたしを障がい者だとは思ってほしくない」ってね。

その気持ちはわかるよ。
その気持ちを想像することもできるよ。
そこまで落ちぶれちゃいないよ僕だって。

でもね、これね、もっともな意見だけど、そのもっともな意見のおかげで、
世の中の風潮がおかしな方向へ行ってしまうんですよ。

悪いけど、その個人的な思いを言うのは良いんだけれど、
それはあなただけであって、障がい者全てにそれが適用できるというような、
そういう発言に聞こえてしまい、さらに本もとっても売れたもんだから、
「障がい者なんていない」っていうバカが意見を言う人が出てきちゃったかもしれないでしょ。

ま、その人のせいじゃないけどね。例え話で使わせてもらってるけれど。

障がい者の中でも、あなたは才能があって天才的で親と環境に恵まれているのだけれど、
そうではない一般的な障がい者は(表現がおかしいのはすいません)、
そんなことなくて、支えられて生きていかなきゃいけないんです。

支える人は、「障がい者」として支えないと、支え方間違えますから。
障がい者が健常者として支えられると、困るだけでしょ。

日本は昔からそうなんです。
障がい者に対して「健常者と同じになれ」という教育方針なんです。

日本の障がい者の数は、世界に比べるとかなり少ないんです。
6%弱くらいなんですよ。全体のね。

他の国に行くと、そんなことなくて、
欧米では15%以上いるし、WHO基準では10%以上はいるらしい。

これね、日本って障がい者が少ないんだ!って思うでしょ。
違うんですよね。

日本は「障がい者」と認定される条件が厳しいってだけなんです。
定義が厳しい。その他の国は、定義が日本よりも甘い。

だから、逆にこう捉えられる。
「日本は障がい者が住みづらい国」

それもそのはずです。
「障がい者なんていない」っていう意見が自然に出ちゃうくらいの国なんだから。
当の本人たちからしたら、住みづらくてしょうがないんじゃないの。

僕にはわからないこともたくさんあるけれど、
想像しようという努力はしていたいと思うんです。


「障がい者は障がい者ということを当人も周りの人も認識した方が良い」
と言うこと、それを差別と言うのなら、それこそそんな馬鹿な意見はないよ。

障がい者を健常者として扱うのも立派な差別なんですよ。

じゃぁ、障がいを持っている人が健常者のような働きができるのかって言えば、できないんだけど、それを見て「お前は使えない!」とか、言うんですかって。

「言わない」とでも言うつもり?
違うでしょ。言うんだよ。言ってんの!!

「こっちに合わせろ」って言う意味でしょ。
障がい者も健常者に合わせて生きろってことなんじゃないの?

それってどうなんですか。

男に女になれとは言えない。(なってる人もいるけれど)
女に男になれとは言えない。(なってる人もいるけれど)

それなら、障がい者に健常者になれとは言えないでしょ。
(そういうつもりで接してくれという障がい者の方はいるけれど)

とても難しい問題だし、僕の表現にものすごく語弊を生みそうなんだけど、
ただ、健常者の方に言いたい。

「障害なんてない」という発言から生まれるアイディアや発想は、
絶対に障がい者を苦しめることになる。

そういうことをイメージできないようなクズにはなりたくない。僕はね。

僕も完璧じゃないし、
正直、そこまで語気を強めて言うことでもないかもしれないし、
まぁ、誰が何を思おうが考えようが自由だとは思う。
そりゃそうなんだけど・・・

ただね、僕は僕が、そう思いたくないだけ。
何を言われても、そこは揺るがないから。
そして、僕ももっと、そこに関して勉強をしたいなって思うんだよね。


そういうことを真剣にイメージして、「差別だ」と言われようとも障害の定義を考えて、
それでいて、具体的にどう支えていこうか?を考えて行動をしていくとどうなるのって。

「国を動かそう」「行政を動かそう」って活動をしていくことになるんですけど。

「障害なんてない」とか言う馬鹿な人がね、そういう行動を起こしている人にクレームを言って、そういう行動を起こしている人が何かを帰ることに嫌気がさしてしまったらどうするの?って。

「認めてくれた、やったね」とか思うの?

思わない。とか言わせないよ?
そう思うから、そんな馬鹿なことが言えるんじゃないの?
で、その後、何もしないんでしょ?

言うだけ言って、何もしない。
言うだけ言って、具体的な解決策を何も言わない。
言うだけで終わる。

それは、あらゆるところで絶対やっちゃダメなことなんです。
問題提起するのなら、解決提案をしていきましょう。

だから、考えなさすぎる人が多いんですよ。本当に。
考えなさすぎ。
それを「バカ」って言うんです。

もっと考えた方が良いと思います。

逆に言えば、自分がいかに「バカなのか?」を把握すると良いと思います。
僕もそうですから。僕もまだ。バカだから、こんなところに居るんです。
バカなりに、バカから脱する方法を考えているってことです。

ということでね、
稀に居る、自分を障がい者と思わないでくださいっていう稀有な人は置いておいて、
障がい者は、その障がいに苦しんでいる場合も多くあるんだから、
それはそれで、できることを具体的にしてあげたいよねって思うだけだけどね。

そんなことを思ったんです。

ある活動家に対して「障害者なんていないよ。障害者の気持ちになって考えたら障害者なんて言葉は使えない」というコメントを見て、
「こういう馬鹿なことを平気で言えるような人にはならないでおきたいな」って、
僕が個人的に思っただけです。
ただそれだけです。