昨日に続いて今日も良いお天気。

散歩を堪能します。

この日は少し杉並区に入りました。

 

歩行者しか通れないようなこんな狭い路地が好きです。

 

井の頭池の水の色は見事なほどに抹茶色。

 

これを綺麗と見るか汚いと見るかは人それぞれなんでしょうか。

僕は後者なんですけどね。

 

吉祥寺界隈に来たのは昨日LINEに届いたニュースが原因。

やってきたのはやっぱりステーキです。

 

サラダとスープを食しながらメインを待ちます。

 

6周年記念ということで、この日限定で100gロースステーキが千円ちょうどでした。

お供はもちろん雑穀米(五穀なのかな?)です。

 

100gと聞いて覚悟はしていましたが、やはり小さいですね。

調べてみるとオープン初年度の冬に訪問していたようですが、比べるとだいぶ小さく見えます。

 

やっぱりステーキはステーキの本場?の沖縄発祥のチェーン。

ここ吉祥寺店は初の東京進出を果たした店舗です。

当時はこれが千円で食べられるのなら同業種のいきなりステーキを駆逐できるなと思ったものですが、今の価格だとそんなに強みはないんじゃないかと。

尤も、ライス、スープ、サラダが食べ放題ですので、ボリュームを求める人にはまだありがたい存在なのかな。

 

14−20時はカレーが無料なんだとか。

 

無限カレーが楽しめますね。

 

そうそう、ライブか録画か知りませんが店内のテレビでアルゼンチン戦が流れており。

ゴール瞬間そのものは目を離してしまいましたがメッシの2点目でした。

早くリプレイしろよ、と思って待っているといわゆるごっつあんゴールでしたね。

 

Youtubeで過去の画像を見るとこのような簡単に決められるシチュエーションだと遊ぶと言うかおちょくるようなプレイをすることがしばしばあるメッシですが、流石にワールドカップでは控えたのかな。

Xでぼーっとショート動画を眺めているとメッシとC・ロナウドのファン対応を比較する内容のものがちょこちょこ出てきます。

 

ロナウドは試合中グラウンドに入ってきてしまったようなならず者にも親切に対応していて好感を持ちますが、これはこれでとりあえず近寄ることができれば何とかなると模倣させてしまっている可能性もあるわけで。

一概にどっちが良いとも言えないんでしょうかね。

尤も、メッシの方を貶める意図で作られているからというのもあるかもしれませんが、彼はすごく冷たい対応をしていますが。

 

サッカープレイヤーとしての評価はメッシの方が上ということで意見は一致すると思いますけど、一人の人間という意味ではどうなんでしょうかね。

ロナウドも若い頃は自己主張の激しい我儘な人間というイメージでしたけどね。

少なくとも現時点において僕が友達になりたいのはロナウドの方かな。

 

この日も暑かったのでアイスを食べます。

 

アイスと言えばニュースで報道された大手6社のカルテル疑惑。

アイスも高くなったというようなことをここで書いたばかりですが、こんな動きがあったとは。

アイス大好き人間としては絶対に許せない悪行です。

 

今回の件に限りませんが、こうして不当に得た利益は罰金の形で国庫に収めることになります。

でもこれって不利益を被った消費者に還元されるべき金銭であるべきで。

国庫に入ったって馬鹿な政治家に馬鹿な使われ方をするだけじゃないですか。

正直に「不当利益還元セール」とでも銘打って安売りを行ってほしいですね。

ここで最初の正当な競争を行わせればいいと思います。

 

書籍は2冊。

 

 

末期医療に携わる医師が著者になりますが、考え方にほほ完全に同意です。

安楽死が早く法制化されればいいのになあ。

 

生存権が日本国民には認められているわけですが、この「生存」を「健康に生きる」という意味に解釈するとすればそのような状態にない場合には「死ぬ権利」を認められるべきだというのが僕の基本的な考え方です。

本人の意志はまあ当然として、それに加えて家族の同意があれば安楽死というのは全く持って問題ないと言うか。

年金を停止できるし、医療費も削減できるし国としても良いことばかりです。

植物状態でも生き続けていれば保険や年金で利益が出ているなんてケースだと反対する親族が出てきたりして難しいんでしょうけどね。

 

僕は妻子もいませんし完全に自己の意志で死にたいと思っています。

僕の生きているうちに安楽死が合法になるとは思っていないのですが、積極的な延命措置はするなと意思表示はしておこうと強く考えています。

気管切開での人工呼吸なんてのは論外ですが、食べることが大好きな僕としては胃瘻も絶対拒否です。

それで死期が早まっても何ら問題無いです。

 

これだけ老人が増えているんですから、町医者や総合病院にもっと終末期医療を専門に扱う科が設置されて然るべきだと思っています。

積極的な治療はしないけども、痛みの緩和などをサポートするために診断と薬の処方なんかをする病院がもっと必要ですよ。

 

著者は僕と同年代で、そろそろ死ぬ準備をしようと思うというようなことを最後に書いています。

そして最後の最後で知ったのはこの本の脱稿は2006年10月で、なんと20年も前じゃないですか!

少なくとも僕の感覚では安楽死に関する議論が全く進んでおらず残念でなりません。

 

で、50代で20年後ということは著者が亡くなっている可能性もあるなと思い調べてみると現在70歳でまだご存命です。

健康に生きていないと意味がないという趣旨のことを仰られていたわけですが、今年になっても本を出しているようですからまだまだお元気なようですね。

計算すると2006年時点で51歳と今の僕とほぼ一緒。

この年齢で死ぬ準備を始めてその後20年間生きていられるというのは非常に幸せな人生ですね。

60歳くらいからはもうおまけの人生だと思われているのではないでしょうか。

 

僕も昔から長生きはしたくないと思っており。

人生において妻子を持たないことがほぼ確定してから更にその思いは強くなっています。

派手な生活はできませんが、FIREにより自分のためだけに使う時間を52歳にして手に入れることができたのは本当に幸せだと思います。

65歳で死ぬ(僕の場合、死亡というより病気で動けなくなるという意味ですね)としたって10年以上の時間がありますからね。

 

 

タイトルに惹かれてライブラリに加えたこちらの作品。

と言うのも、切削工具用の粉末原料をメーカーに販売する営業をしていたもので。

仕事をしている時点でぜひ読んでみたかったなあという作品で、非常に勉強になりました。

 

切削というのは様々な要素が複雑に絡まった世界で、職人の五感に頼るような世界だったのが刃にセンサーを埋め込んで各種条件をAIで最適化するような時代になっているとか。

こうなると人手は完全に要らなくなってしまいますね。

著者はそうではなく、人間はもっと創造的な仕事に着手できると言っていますが、元々そういう資質のある人間しかクリエイティブな仕事はできないわけで。

 

こちらの作品は著者がそのまま読み手として語るオーディオブック専用作品でした。

自費出版の本はままありますけど、こうして音声の形で世に出すという方法もあるんですね。

尤もYoutubeなんかは映像を垂れ流す?事ができるわけですから、今更感心することでもないか。