出産は後から冷静になって考えると結構笑えるものだった。

陣痛途中でケンカしたり、号泣したり、命令したり。笑

いい思い出になった。



トピックごとにまとめ。


立ち会い出産について


私は絶対立ち会い出産をしたいと思っていたし、私にはそれがあまりにも当たり前のことだとさえ思っていたけれど、実際分娩室に行くくらいまでなると急に旦那(ぷに男)の存在がいらなくなったほどどうでもよかった。

いらないと言うか、いてもいなくてもいい人になった。(ごめん~)


陣痛中は、陣痛室でDSやろうとしたり、寝てない私の前でコックリコックリしだしたりして、イライラした。

これがデリカシーないというのかな。

それで私が怒ると苦しんでいる私にさえ、本気で怒るから、私も負けずに応戦。

無駄な体力使った・・・。


だけれど、産んだ後、いてくれて良かったと思った。


2人であの場を共有できたことが良かった。と今になって思う。

やっぱり自分の子供の誕生の場にいるっていうのは男には良い経験!

彼の前で、彼の子供を産むということは強烈な印象を植え付け、その瞬間それだけで彼は父親になったと思う。(うちの場合)


というのは出産した次の日、ぷに男が面会が来て、病院で寝れなかった話をしたら、彼も同じだったようで。


「帰り道、うれしくて、うれしくて、『これからもっともっと頑張ろう。あの子のために。』って思って興奮状態でそれしか考えていなくて気付いたら家についていてびっくりした。」と言っていた。


どうやって帰ったか覚えていないと。


そう言って大事そうに赤ちゃんを抱くぷに男を見て、私は本当にうれしかった。

私、ぷに男をパパにしてあげられた。と。


ぷに男は立ち会いでも立ち会いでなくてもどちらでもよい人だったけれど、今回のことがあってから次回も絶対立ち会いがいいと言っています。



でも、実際出産は女の仕事だから、立ち会えなくても本番は何も問題ないと思う。

助産師さんたちだけが頼りなので。笑




会陰切開について

私の場合は知らぬ間に切っていたみたい。必死過ぎて切られたことも分からなかった。


ただ縫うときも痛くて「いたっ!痛い!」と言いながら縫われた。

そしたら極部麻酔してくれたのか、急に痛くなくなった。


最近の糸は解ける糸を使っているらしく、抜糸はなし。希望があればしてもらえるとのことだった。

痛いから触られるのが怖くて、そのまま退院。でも抜糸したほうが違和感が残らないらしい。

退院した後も椅子に座れなくて、トイレの便座に座って授乳したり、ご飯の時は立ち食い・・・。寝るか立つかの生活をしていた。痛み止め飲まないと寝れないくらい痛いときもあったり・・・。

途中痛み止めがきれて、弟に薬をとってきてもらった。


3週間くらい痛くて痛くて大変だったけれど、痛みが治まるとかゆみが・・・。

○ェ○ニーナ軟膏を買ってきてもらって塗ってみた。


1ヶ月検診の時にはほぼ完治。若干違和感がある程度だった。


陣痛について

陣痛は自分が気付けるかが不安だったけれどすぐ分かった。

最初はお腹壊したのかな?という程度。

私はお腹を壊した時のような、やんわりお腹が痛い気がする程度だったので、何度もトイレに行った。


陣痛が陣痛らしく強くなってきてからも、不思議と陣痛と陣痛の合間は全然余裕なので、談笑もできる。

ドラマとは全然違う。


だから最初は結構余裕だった。


陣痛自体、私の場合は腰が痛かった。

入院してからの陣痛は尾てい骨が砕ける!骨盤が砕ける!と思った。

そういうミシミシと赤ちゃんの頭が骨盤にはまっていく痛み。


でも陣痛中は赤ちゃんが頑張って頭の頭蓋骨を重ねてなるべく小さくなって産道を通ろうとしているイメージをひたすらした。

一緒に頑張ろうって気持ちで。

そしたら結構落ち着いて痛みを逃せられた。


浮腫(むくみ)について


妊娠中はむくみはでなかったのだけれども、病院ではかると血圧が妊娠後期120を超える時が結構あった(普段は100以下)


しかし出産後、2日たつころ急に足がむくみだし、長靴みたいな見たことのないような足にガーン

足首も土踏まずもなくなるくらい、アトムみたいな足に・・・。

寝るときに足を高くしていてもあまりよくならず。


先生が「体が羊水がないのに水分を体にためようと動いてうまく水分を排出できていないんだよ。体内の水分量が急激に変化するから、よくあること。」と言っていた。

母は4人も産んだけど、一度としてむくみが出たことはなかったらしい。

漢方薬を処方してもらった。


このむくみ、出産後2週間くらいまで続いた。

家に帰ってメディキュットを履いてなんとか解決。



以上、出産総括終わり。





昨日は(学生の)妹のラクロスの試合を見学後、両親とセレブな妹とぷに男とアンジェラで青山墓地にお墓掃除&参り。


帰りにみんなでお昼を食べた。

お墓参りのあとって、必ずどこかでお茶したり、ご飯食べたりするので楽しい。


さ来週は、セレブな妹の結婚式で軽井沢に行く。楽しみニコニコ 




そのあと帰ってきたら会社の同僚でもあり、高校の友人でもある子からTELがあって、おしゃべりしてたら

「今日、催事の搬入なのにみんなお盆で来ない。私とインターンの子だけだよ」と言われ、急きょ参戦。


ぷに男に「アンジェラをよろしく~」と19時家を出て、頼まれた買いだしグッズを買って、マルイに20時到着。


久しぶりの力仕事!3時間くらいかけて商品を並べ、なんとか終わったかな?

マルイで催事してます。 

今回はもう一つ他の会社さんとのコラボ。


アパレル業界って、意外にもこういう仕事多い。

楽しいけれど、泥臭い。笑

商品届かなくて成田まで車で行ってそのままお客さんに届けたりもしたな・・・。 


結局、インターンの子と、内装してくれた建築家の方(でもうちの社員になったらしい)も手伝ってくれて、4人で仕上げ。

この建築家の方も先月赤ちゃんが生まれたので、お互い親バカトーク。

あ、この建築家のMさんの会社でPR担当していた方が私のママ友と同級生でした~。


23時半にほぼ終わり、マルイを退散。

そのあと駅で、友人と立ち話を1時間弱。(お店が全部閉まっていた・・・)


ひさしぶりに熱く語る。

会社のことも、将来のことも。

やっぱり会社つくりたいよね、女だけのね、とか。


そしていつの間にか終電の時間で、あわてて帰った。


子供ができても私はやりたいこといっぱいある。

まだまだ元気だから、いっぱいいっぱい挑戦したいな。


ひさしぶりにこんな話をしたから、帰りの道は気持が高揚していた。

年に数回、こういう高揚感があるんだよね。




4月5日(月)


0時~ 入院

ひたすら陣痛に耐える。

入院時に既に子宮口は6センチ!

助産師さんに「子宮口も柔らかいし、そんなにかからないかも」と言われた。




陣痛の波をチェックするモニターと赤ちゃんの心音をチェックするモニター装着。

陣痛来るたびにぷに男にひたすら腰をさすってもらう。

同じ陣痛室にいた人のいきみ逃しの声がきこえていて、ドキドキ。

でも合間は普通に旦那さんと会話して余裕そう。


1時~

陣痛室にいた妊婦さんの声がつらそうに。

「私、いきみたいー!!!」と声をあげる。

前のベッドで起こっていることなんだけど、とてもどきどきした。


「分娩室移動しましょう。今準備してくるから」と助産師さんが言っていた。

それで1,2分後助産師さんが「じゃあ行きましょう。次の陣痛がきて終わったら移動ね」として苦しそうな声の後、移動していった。あんなに痛そうなのに徒歩で移動していることに驚き。


そして移動して3分もしないで赤ちゃんのおぎゃー!!って声が聞こえた。

全部音だけで聞いていたけれど私とぷに男感激。

分娩室に移って3分もしないなんて、なんて理想の出産なんだ。



4時~

担当医じゃない女性の先生の内診。「あ~だいぶ赤ちゃんおりてきているから陣痛も強いし、痛いよね、辛いよね。でも子宮口も開いてきているから頑張ろうね」と言われる。

私は入院時と子宮口の開き具合が一緒なのに愕然とした。

まだお産は遠い・・・と。


7時~ 

朝食を食べる。が、陣痛で食欲もなく出された食事の1/3も食べられなかった。

残りはぷに男に食べてもらう。

だけど足りなかったのか、コンビニに行くと言い出す。

陣痛の痛みをひとりで逃すのが怖くて、「すぐ戻ってきてね」とお願いする。


10時~

助産師さんに「シャワーあびてもいいよ」と言われるが陣痛が痛すぎてシャワー行くのも怖い。そしたらフットスパをしてくれた。

陣痛逃しの椅子に座ってみたり、横になってみたり、色々姿勢を変えてみるが腰が痛い。痛すぎる。陣痛が来ると赤ちゃんがごりごり骨盤にはいってくるのが分かるような、腰が砕けそうな痛み。

そんな中ぷに男がうとうとし始める。

「寝るな!私の方が眠いのに!痛いのに!」と言うと

「俺だって眠いよ!昨日から寝てないんだから!」と言われ

「は~!?私なんて3日以上ぐっすり寝てない!しかも陣痛で痛いのに!なんで女だけが痛い思いするのよ!」と夫婦喧嘩勃発。意外に元気なわたし。



12時~

お昼御飯。これもあまり食べられずぷに男にあげる。

母親から「生まれた?」とメールが入る。

陣痛の痛みで気が立っていたので返信相手に家族全員をccでいれて「全然生まれない!今日生まれるかも分かんないからもうメールしないで。生まれたらメールするから病院にも絶対来ないで。もう3日も寝てないから産んだら寝たいの!だから絶対絶対来ないで!」と。 笑

そして家族全員誰も返信なし。 


14時~ 陣痛5分間隔

助産師さんに「歩くと陣痛進むから」と言われぷに男に付き添ってもらって病院内を徘徊。

徘徊している時陣痛の痛み逃しをしていたら、「車いす持ってきましょうか?」と言われる。

階段で「もう赤ちゃんうまれたくないのかもしれない」と私号泣。

ぷに男に「大丈夫大丈夫、頑張ろうね」と励まされる。

一緒にいてくれることに感謝していた。(この時は)



15時~ 陣痛5分間隔

担当医の先生の内診。妊娠中からずっと見てくれていた先生の顔を見ただけでほっとした。「うーん、陣痛はすごく強いけど、間隔がまだだね・・・」と言われる。

「あとちょっと様子見て間隔が狭まらないようだったら陣痛促進剤をいれて今日中に産もうか」と言われる。

私はかなり疲労しきっていたので、やっと産める・・・とほっとした。先生が神に見えた。

陣痛の波がメモリの上を超えるくらい大きな陣痛がくるようになって、ひたすら痛みと戦う。



17時~ 促進剤!


促進剤を点滴でいれる。

私の母は4人出産していて、3人目だけ促進剤をつかった。促進剤の痛みは自分で興した陣痛よりずっと痛かったときいていたので、助産師さんにあまり強い促進剤をいれないようにお願いした。

しかし促進剤はだんだん量を増やすから、心配ないですよと言われて安心する。


夕飯も出た。助産師さんに「陣痛でつらいと思うけれどご飯食べないとエネルギーが出ないから、少しでも食べてくださいね、ちょっとでも食べたほうがお産がはやく終わりますよ」と言われ必死に食べる。


促進剤をいれたらみるみる陣痛の間隔が狭まる。

しかも母から聞いていた話とは違って、私は促進剤の方が陣痛の痛みが少なかった。

自分の陣痛はモニターのメモリを大きいく超える波。しかし促進剤の陣痛は超えない程度で、意外にも今までよりもずっと痛くない。


19時 


陣痛は3分間隔くらい。

促進剤の量をもう少し増やそうと先生が言ったので助産師さんに「もう結構痛いから大丈夫だと思う」と必死に遠慮したんだけれど

「陣痛の間隔がまた狭まらないと陣痛の時間が長引くだけだよ?痛いのが続くだけで分娩まで時間がかかってしまうから」と言われ納得。


19時半


陣痛の間隔が2分くらいになり、いきみたい欲求がでてくる。

「いきみたい!!ってこういうことなんだ。」と陣痛の合間やけに冷静に陣痛を堪能。

動物的衝動のような、はじめて感じる欲求だった。


でもいきむと赤ちゃんが苦しいからと必死にいきみを逃す。

助産師さんが横で「(息を)はいてはいてはいて」って言ってくれているだけで心強い。

この時にはぷに男はいらなかった。って、本当に失礼だけどここからはいなくても良かった。助産師さんだけが救世主に思えた。笑


子宮口が9センチあいているというので助産師さんが「赤ちゃんの頭、完全にははまっていないけど、あと数回陣痛来たらいけそうだからね、分娩台の準備をしてくるからね、すぐ戻ってくるからね」と言われたけれどひとりで(ぷに男いるが)いきみ逃がしをできる自信がない。「行かないでください!無理無理無理!」と懇願。

「大丈夫、絶対出来るよ、旦那さんもいるからね。2,3回乗り切るくらいには戻ってくるから」と言われ、「ふーふーふー!!!」とひたすら息を吐いて必死に頑張った。


この時の陣痛は痛みでなくていきみとの戦いだった。

いきまないように、赤ちゃんが産道をとおるのをイメージして、一緒に頑張るんだ、赤ちゃんに空気を送るんだと必死に息を吐いた


20時~


分娩台に移動。入院した時、あんな状態で歩いて分娩台に行ける自信がなかったのに、この時は必至で、陣痛がおさまった瞬間「さあ、移動しよう」との声と一緒に促進剤の点滴のカラカラを引っ張って走っている自分に笑いがおもわず出る。

でも本当に必死だった。必死な時ってなんでもできるもんだ。


分娩台に乗って、ぷに男に「私今から集中するから話しかけないで!」とキレ気味でお願いし、ぷに男も「うん、わかった」と言った。


助産師さんが「早い人で30分くらい、遅くても2時間くらいでうまれますからね!」と言われ、もう絶対すぐ産んでやる!と思った。もういい加減寝たい。



先生やら助産師さんやらがいっぱいでてきて、私のお股の向こう側にいる。

もうこの時は必至でいきんだ。


途中「顔じゃないよ、お腹でいきむんだよ!」と言われたり。


陣痛の合間、隣にいるぷに男に「みず!!」と飲み物補給の指示を出す。

何回かいきむと羊水の幕を助産師さんが切ってくれて(分厚かったらしくなかなか破水しなかったので)、先生が私のお腹をぐいーん!と押したら(この時私「赤ちゃん死んじゃう!」と思った。あまりにすごい押しっぷりだったので)にゅるにゅる落ちていく間隔があって赤ちゃんが生まれた。


体重2910g、身長49,6cm、胸囲31,6cm、頭囲33.3cm

20時25分誕生


生まれた瞬間私は「私今何を考えている?幸せ?うれしい?どんな気持!?」と必死に自問。出産後母親がどんな気持か知りたかったから。

しかし自答は「意外に冷静だ・・・」しか覚えていない。


そして私と対面する前に助産師さんが「パパそっくり!」と声をあげた。


赤ちゃんの臍の緒をきって、赤ちゃんと対面。

(昔の電話コードみたいで青紫色の長い臍の緒にぎょっとした)


赤い肌の温かい赤ちゃんを抱き、感動した。そして安堵。ひたすらほっとした。やっと終わった・・・。


私が出産後の後処置をうけている間、ぷに男は赤ちゃんの身長体重やお風呂に入るのに付き添い。


私は先生たち(研修医の先生が2人と担当医の先生)にお股を縫われながら、

「旦那さん何人ですか?」「フランスです」「フランスで出会ったのですか?」「・・・フィリピンです」「えー!」なんて会話をしながら。

いや~。出産前には考えられない光景。


助産師さんにおしぼりで体をふいてもらったり、出血用の産褥オムツみたいのをつけてもらい、寝たきりの人の気持ちが少し分かった。


処置が終わるとぷに男がきれいにしてもらった赤ちゃんを抱っこしてきてくれた。


「お父さん、お母さん、SとTが今来たよ!赤ちゃん見せたよ」と言っていた。


プニ男、分娩室に入るときに私の家族に「もうすぐうまれる」とメールしたらしく、2番目の妹以外で全員病院に来た。

しかもお風呂入れ終わってきれいになった赤ちゃんをぷに男が抱いた瞬間に、ガラス越しにうちの家族がぷに男を見つけて対面。


それからぷに男が分娩室に赤ちゃんを連れてきてくれて3人で2時間過ごした。
2時間は横になっておかなきゃいけないなんて知らなかった。


その後、赤ちゃんといったんバイバイして、ぷに男は20時半過ぎに帰宅。


弟から「でかした!おまえに似てないぞ!」

妹から「おめでとう!赤ちゃんすごくかわいかった!」

母から「ぷに男の笑顔が本当にうれしそうで感動した」(え。孫誕生に感動してください。)

父から「でかした、出産しただけでおまえは立派だ!お前が生まれた日を思い出したよ。今日はおいしいお酒が飲めそうだ。本当におめでとう。」


と個々にメールが来ていた。

ひさしぶりに、すごい達成感を感じた。


私は23時就寝。

しかしあんなに寝たかったのに、興奮状態のためか目がびんびんに開いてしまってなかなか寝付けなかった・・・。



出産記おわり。