しばらく書いていなかったせいか、何だか新鮮な気持ちになる。
さて、私が中学2年のとき、初めて聴いたプロのピアニストが出すピアノの音を聴いてからと言うもの、私は学校の授業が全く頭に入らなくなってしまった。
もちろん、成績は急激に下がって行った。
でも、その頃の私は幸せだった。
一日中私の頭の中には音楽が聴こえていたから。実は、この現象、2才過ぎ辺りからなぜかずっとあった。でも、例のピアニストを聴いてから更に強烈に、鮮明に頭に音楽が聴こえてくるようになった。
私はあのコンサートの日、『ピアニストになる❗️』っと、無謀な決心をした。
そのためにはまず楽器が欲しかった。
私の家庭ではピアノを買う経済的な余裕がなかったのは私もホントは知っていた。
でも私はピアノを買ってもらえるように、時には芝居をして一年間両親を説得した。
ピアノが部屋にやって来るまでは、学校の音楽の先生に頼んで毎朝音楽室で6時からピアノを弾かせて頂いた。でも私にはピアノ曲の楽譜が無く、ラジオから聴こえてくるショパンや、ベートーベンなどを勝手に我流で弾いていた。多分音楽の先生はさぞかしうるさく思っていただろう…。と思っていたら、ある日、先生がピアノのそばへ来て、『それは、耳で聞いて弾いてるの❓』っときいて来た。私が、『はい。うちにはクラシック音楽を聴く人がいないので、むしろピアノが早く嫌いになって欲しいと思われているから…。夜一人でFMを聴いて気に入ったら鍵盤を色々探して何とかしたいな、なんて思ってるんです。』とか確か答えたはずだと思う。
すると先生は、少し黙って、『音楽大学へ行く気ないか?』っと言った。私は嬉しく思いながらも、『はい❗️』とは言えなかった。
それでも一年後、私の部屋は黒く官能的にくびれたグランドピアノが私の部屋を占領していた。まず楽器が高い、もっと高いのが経歴だけで毎週同じ事を繰り返しているお偉い先生へのレッスン代だ。この金額は想像以上だった。それから私は、ピアニストになるためには、才能や技術の前にかなりの大金がまず必要なんだと知って、正直悲しかった。そして、経済的に裕福ではない家庭に生まれた自分が悔しかったのだ。
そして、15才からピアニストを目指す、と言う事は無謀だし、不可能だ、ともピアノの先生達から嫌になるほど聞かされた。
この時の私は、思った。『ピアノの世界も結局政治家みたいで、金次第、って事か…。』っと。
でも、私は自分が生涯ピアノを弾いて生きて行くだろう、っと信じている事が出来た。それは、私が本当に音楽が好きだから、ピアノを弾いて有名になりたいとか、お金が欲しいとか、そんな事は私にはどうでもよくて、ただ純粋にピアノが好きだと思っていたからだと思う。ピアノを始めてやっと30年を越えた。今でも、一日の最初にピアノの蓋を開けて鍵盤にゆっくり指を沈める瞬間、私は30年前と同じ、いや、時にそれ以上のエクスタシーを全身に感じている。