先日、私の女神様、 I 様のお導きで、神戸に行き、地元の横浜との共通点をいろいろ見つけたので、並べて見る。すべて、左が神戸、右が横浜である。

これは、いわずと知れた中華街。神戸のは、「南京町」と呼ばれ、172m四方の中に、約100の店舗があり、起源は、1868(明治元)年。一方、横浜のそれは、500m四方の中に、約600の店舗があり、1872(明治5)年が起源とされる。神戸の写真は、東側の入り口にあたる「長安門」、横浜の写真は、メインストリートである中華大通りの入り口にある「善隣門」である。この善隣門に中華街と書かれたことから、横浜の中華街は、「横浜中華街」と呼ばれるようになった。それまでは、横浜でも「南京町」と呼ばれていて、年配の人の中には、そう呼ぶ人もいる。

個人的にうれしくなったのは、どちらの中華街にも台湾系のお茶屋、「天仁茗茶」があったこと。我家では、お客さんが来ると、よく、このお茶屋に案内していた。

なんと、どちらの中華街にも豪華な外観の公衆トイレがある! 神戸のは、「臥龍亭」と呼ばれ、横浜のは、「洗手亭」と呼ばれる。

華僑の商売の神様、関羽を祀った「関帝廟」が、どちらにもある。神戸のは、中華街から歩いて20分位離れたところにあり、1888(明治21)年「慈眼山長楽寺」として、始まった。1945(昭和20)年、戦争で焼失し、1948(昭和23)年に再建した。しかし、1977(昭和52)年、子供の火遊びで、本堂が再び焼失し、現在の本堂は、1979(昭和54)年に完成しました。横浜のは、中華街の中にある。初代は、1871(明治4)年に完成したというが、震災、戦災、火事で、度々焼失し、現在の4代目関帝廟は、1990(平成2)年に完成した。中華大通りと並行した関帝廟前の通りは、関帝廟通りと呼ばれている。

神戸も横浜も中華街の隣に、元町商店街がある。神戸のは、1.2kmで、6丁目まであり、約280店舗が並ぶ。横浜のそれは、600mで、5丁目まであり、約200店舗が並ぶ。なお、横浜の元街は、並行してクラフツマン・ストリートがあり、飲食店を中心に、そちらもにぎわっている。

どちらにもイギリス館がある。神戸のは、北野異人館街にあり、1907(明治40)年建築の旧フデセック邸で、2階は、シャーロック・ホームズの部屋となっている。横浜のイギリス館は、旧居留地でもあった山手の丘の洋館の一つで、1937(昭和12)年に建てられた旧英国領事館。イベント会場としても使われている。ここを含む横浜の7つの洋館は、横浜市が管理していて無料で見学できる。神戸の洋館は、ラインの館を除いて有料。英国館は、入館料750円である。

どちらにも、スポーツ発祥の地の碑がある。神戸は、東遊園地の中に、「ボウリング発祥の地」の碑があり、横浜は、山手公園に、「テニス発祥の地」の碑がある。1869(明治2)年に、神戸の居留地で会員制のボウリング場が開設された。また、1876(明治9)年に、はじめてテニスがプレーされたそうだ。他にも神戸は、六甲の方に、ゴルフ発祥の地がある。

どちらにも、旧横浜正金銀行(のち、東京銀行→三菱UFJ銀行)の建物があり、現在は、どちらも博物館になっている。旧、神戸支店は、居留地の13番館で、1935(昭和10)年、桜井建築事務所設計の鉄筋コンクリート造3階建てで、現在は、「神戸市立博物館」となっている。横浜本店は、旧海岸居留地内の馬車道通りにあり、1904(明治37)年、妻木頼黄設計で、地上3階地下1階の石造の建物で、現在は、「神奈川県立歴史博物館」となっている。国指定重要文化財。

どちらにも古い建築物の一部を残して増築した建物がある。神戸のは、3番館、「海岸ビル(旧三井物産神戸支店)」で、1918(大正7)年、河合浩蔵設計の鉄筋コンクリート造4階建てだったが、増築され15階建てになっている。横浜のは、「損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビル(旧、川崎銀行横浜支店)」、1922(大正11)年、矢部又吉によって設計された鉄筋コンクリート地上3階地下1階建だったが、9階建てに増築された。横浜市認定歴史的建造物。これも馬車道通りにある。

どちらにも、米国人J・H・モーガン(1873~1937)設計の建物がある。神戸のは、旧居留地にある9番館、「チャータードビル(旧、チャータード銀行)。1938(昭和13)年建造。鉄筋コンクリート造4階建。横浜のは、「ベーリックホール」。1930(昭和5)年建造。木造2階地下鉄筋コンクリート1階建。山手の丘で横浜市が管理している7つの洋館の一つで、無料で見学できる。かつては、2000(平成12)年に廃校になったセント・ジョゼフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として疲れていた。同校は、タレントのE・H・エリック、岡田真澄兄弟、ミッキー安川、三船美佳、ヨーデル歌手のウィリー沖山、彫刻家のイサム・ノグチなどの母校として知られる。

なお、横浜には他に、モーガン設計のものとしては、「横浜山手聖公会(左)」、1931(昭和6)年建造、鉄筋コンクリート造地上2階地下1階。イギリス国教会の教会。横浜市認定歴史建造物。「カトリック山手教会聖堂」、「横浜雙葉学園鐘塔」と並んで、<山手三塔>と呼ばれている。

および、「旧根岸競馬場一等馬見所(右)」がある。旧競馬場は、根岸森林公園内にあり、1929(昭和4)年、鉄筋コンクリート造地上7階地下1階塔屋1階である。神戸がゴルフ発祥の地であるのに対し、近代競馬発祥の地である。1942(昭和17)年秋のレースまで使われたという。この馬見所については、2017年出版の大崎梢著『横濱エトランゼ』の中で言及されている。

最後に、観光スポットをまわる便利なバスが、どちらにもある。神戸は、「シティ・ループ」、横浜のは、「赤いくつ号」である。

 

また、神戸も横浜も、江戸幕府が、ペリー率いる黒船の圧力で締結した修好通商条約の中で開港を約束した五港に含まれる港である。ただ、条文では、神戸は、兵庫港、横浜は、神奈川港となっていて、それぞれ微妙にちがっているのも共通点である。このことが、現在、神戸県や、横浜県にならずに、兵庫県や神奈川県になっていることにつながっている。

 

 東海道は、江戸日本橋~京三条大橋の間、五十三次と言われる宿場町を思い浮かべる。しかし実際は、53番目の大津宿から岐れ、伏見宿~守口宿までの4宿があった。その内、3番目の宿、通算56番目の宿場町、枚方(ひらかた)宿を訪問した。

 京阪電車には、枚方市駅と枚方公園駅とある。前者の方が大きく、特急も停車する駅であるが、宿場町の入り口となるのは、枚方公園駅の方である。まず、駅前広場には、枚方宿の碑などのモニュメントがある。

 次に、前方の細い路地を入って行くと、右手に、歴史街道と呼ばれる宿場町通りの入り口に至る。

 そこで曲がらずに直進し、淀川の河原まで出ると、郵便屋の渡し跡がある。全景(上)石碑およびモニュメント(下)

 歴史街道に入ってすぐのみどころは、早朝の訪問だったので見学はできなかったが、鍵屋資料館である。

 古民家を利用した「ル・ポ・デ・ミディ」というカフェ(左上)を通り、浜にでる小道がある。

 通りの途中ところどころに、昔の写真や説明板がある。

 枚方市駅に近づくと「三ツ矢公園」の一角に、本陣跡の説明板や石碑がある。

さらに、進むと説明板があったり、ヘアーサロン「ぐっちょ」(左下)や「くらわんかギャラリー」(右下)があったりする。

 さらに、枚方市駅の方に曲がる角を通りすぎると、西見附跡(左上)を通り、最終的に東見附(右下)に至る。


 

 

英国のチャールズ皇太子とダイアナ元妃の次男ハリー王子とメ―ガン妃に長男が生まれ、その名前が、アーチ―になったという。同世代の女子が、絶大な人気があったTVアニメ「キャンディキャンディ」に登場する人物と同じ名前だと盛り上がっているらしい。同作品では、主人公の周辺に、アルバートさん(別名:ウイリアム大おじ様、丘の上の王子様)、アンソニー、ステア(アリステア)、アーチ―(アーチーボルト)、テリー(テリウス)、ニールとたくさんのイケめんが登場し、皆、主人公を好きになるが、結局、誰とも結ばれないアニメだったのだが・・・