瀬田貞二氏が『子どもの本評論集 絵本論』(福音館書店)で、ベーメルマンスについて妙趣な文章で、端的に書き綴っています。
―マドレーヌ誕生
<ルドウィッヒ・ベーメルマンス>―
私は、ルドウィッヒ・ベーメルマンスの描いた四冊のマドレーヌ絵本を見るたびに、純度の高い果実酒をのみほすようなすがすがしい気持ちになります。
そうとしかいえないのは、いつもいつも楽しく酔わせるような陽気な活気がそこにあって、それがみな闊達自在な絵から物語を発酵してくるためなのでしょう。
『Bemelmans ベーメルマンス マドレーヌの作者の絵と生涯』(BL出版)には、絵本制作の真摯さが詳細に書かれています。
制作過程で何度も推敲し、納得いくまで突き詰めて磨きをかけ、何度も絵を描き直し修正し、
"文章ひとつ、絵の中の身ぶりひとつ、ないがしろにしなかった"と。
"作品が最初に公に試されるのは、雑誌に載せたときである"ベーメルマンス。
そして、熟考を重ね描き直し、本として出版するまでに数年もかけていたそうです。
"ベーメルマンスは、子どもの観察力や、ごまかしを即座に見破る能力をとても尊重していた。
子ども向けの物語や絵は本物でなければならないので、細かいことまで事前によく調べた"と語る著者のマルシアーノ。
1985年に出版された『マドレーヌとクリスマス』の原書は、Mccall's(マッコールズ)誌の1956年12月号に掲載したものです。
ベーメルマンスが大幅に修正するつもりでいたが、準備段階で1962年に他界。
オリジナルの絵が見つからず、イラストレーターをやとい、雑誌掲載の絵を写真に撮って引き伸ばしたものに彩色して出版された『マドレーヌとクリスマス』の絵本。
ベーメルマンスにとっては、未完の絵本だったのです。
これがオリジナルの絵です。
《裏表紙》
クリスマスの前の晩、マドレーヌ以外はみんなひどい風邪をひいて、寝込んでしまいました。
マドレーヌは孤軍奮闘し、かいがいしくみんなのお世話をします。
ある日魔法の絨毯を売る商人が訪ねてきました。12枚の絨毯は女の子たちににぴったり。
全部売ってしまった商人は、寒くて具合が悪くなり、マドレーヌは手当てをしてあげます。
商人はお礼に、クリスマスの魔法を披露してくれました。その魔法とは……。
磨きをかけ修正する前の[原石]のような絵です。ベーメルマンスはこの[原石]を、どのように磨きたかったのでしょうか。
せつない。
あれほどまでに、何度も何度も描き直し推敲し、納得のいくまでひとつも妥協せずに作っていた絵本を、未完成のままでこの世を去ったベーメルマンス。
悔しかっただろうな…、いや、
それとも、
"仕方がないさ"と、天国で笑いながら、陽気にお酒でも飲んでいるかも。
この原書を手にしたとき、
ベーメルマンスのぬくもりを感じました。