「アジアの風」トランザム
プロフィールの欄で紹介しているように、新津章夫は、ロックバンドとアイドル歌手のプロデュース&アレンジを担当したことがあります。
ひとつは、トランザムというグループのアルバム「アジアの風」(ビクター・エンターテイメントからCD化されています)。
1960年代をギター少年として過ごした新津章夫にとって、トランザムは忘れられないバンドでした。ドラマー、チト河内率いるトランザムは日本のロック界の創世記にとって、欠くことのできない伝説的なバンドです。
”ボーカルとドラムを憎む”新津章夫とて、トランザムのプロデュースを断れるはずはありません。
もっとも、このアルバムに至っては名前こそ「トランザム」でも、昔のメンバーは一人も残っていません。リーダーであるチト河内さんですら、ほとんどスタジオには顔を出しませんでした。それでもボーカルの高橋伸明氏と意気投合し、初プロデュースながらもレイドバックした良いアルバムになりました。
なお、「哀しきミュージシャン」では、新津章夫のリードギターが聴けます。
もうひとつ、プロデュースをしたのが、アイドルの伊藤さやかです(デビュー・アルバムの一部)。
アイドル歌手のアレンジを新津章夫が担当?! これはファンならずとも驚きます。しかし、残念ながらシングルはボツになりました。彼がアレンジを担当した曲は、デビュー・アルバムと、プロモーション用テープの語りのBGMに使われています(悲しい…)。
しかし、もちろん歌謡曲をやっても、やはりそれは、新津章夫サウンド。新津章夫のギターとドラム(なんと鈴木さえ子嬢が敲いております)以外の音は、すべてシンセサイザーのプログラム演奏という、当時としては画期的な音に仕上がっておりました。
なお、このシンセサイザー・プログラミングを担当したのは、のちにサザン・オールスターズのアルバムの「KAMAKURA」などの成功で一躍時の人となる藤井丈司氏です。鈴木さえ子嬢、藤井丈司氏といった人脈は、新津章夫の所属していた事務所「オレンジパラドックス」と、そのお隣にありました「ヨロシタミュージック」がらみであります。
おそらく、2006年にこの企画が上がったとしたら、すんなり通りCDシングルとして発売されたことでしょう。しかし、四半世紀前では、あまりに斬新過ぎる試みであり、当時の状況を考えれば実現しても、まったく評価は得られなかったでしょうね。
ちなみに、新津章夫とロックバンド、新津章夫とアイドルという異色の取り合わせを実現させたのは、同じ人物です。その方は、1960年代のヒット曲「走れコータロー」を歌った元ソルティシュガーのメンバーで(山本コウタロー氏ではありません。念のため)、ビクター・レコードの某名物ディレクターでした。
