新津章夫(にいつあきお)は、1970年末から80年代初めにかけて、ほんの一握りのマニアにだけ愛された音楽家です。しかし、そのファンは本当に彼に心酔していて、彼が音楽家としての活動を休止してから半世紀が過ぎた今も、その短かったミュージシャン生命についてネット上で語られています。数は少ないけれども、その声は賛美の限りを尽くしたもので、その声援に応えるために、私は実弟として知っている限りの新津章夫の秘密を語っていこうと思っています。
ネット上で彼について語ってくれている人々はミュージシャンだったり、クリエーターだったり、いかにも新津章夫の音楽が玄人好みであるように映ります。卓越したギターテクニック、神秘に満ちた音作りとレコーディング技術。たしかに、製作サイドのことを知っていれば、より深く理解でき、驚かされることも多いことは確かです。しかし、けして気後れはしないでください。
新津章夫の音楽は、愉快な音楽です。子供番組のBGMのような音楽です。
エッシャーのだまし絵、クラインの坪やメビウスの輪、シンメトリーとパラドックス、そして、アンチクライマックス、回文、円周率…。視覚や論理、言葉など、あらゆるものの中に、平気な顔をして混じり込んでいる座敷童子(ざしきわらし)のような「不思議」が大好きでした。そんな、新津章夫の音楽は、可能性と挑戦、そして、実験に満ちた音の科学式のようなもの、なのかもしれません。もっとも本人は「まやかし音楽」と呼んでいましたが、異常なまでの照れ屋であるがゆえの照れ隠し的表現に他ありません。
歌とドラムはありません。現代の音楽と呼ばれる「商品」が、いかに歌とドラムに頼って成り立っているのか、彼のもっとも嫌うところでした。まぁ、それでも歌謡曲のアレンジやロックバンドのプロデュースもしていましたから、気難しい人ではありますが、けして悪い人ではありません。
これまで聞いたこともない音楽を、という好奇心あふれる方は、ぜひ一度、新津章夫の音の迷宮へようこそ。