次女の機嫌が悪く、目が合えば目を逸らすし、たまま狭い家で鉢合わせれば、舌打ちまで食らってしまった。


さすがに気分が悪いけれど、次女も辛いんだろうなと黙ってる。


緊急事態宣言が解除されても、ペット霊園は参拝自粛。初命日にお参りは叶わない。


ならばと作ったマロンの祭壇。生花は突いてしまうから、造花で飾っているのに、サッサと文鳥ズの遊び場と化している。


そんな祭壇を見て、思い出さないはずがない。


次女にしてみれば、二浪の孤独な時期に寄り添ってくれたのはマロン。そしてそのマロンの死に立ち会ったのは、次女なのだから。



そんな私だって朝から去年の今日の振り返りが止まらず、せっかく作った弁当を仕事に持ち忘れた。しかもそのことに気がついたのは、コンビニで買った弁当を食べてる最中だった。



去年の今日。


バイトのない次女が家にいたから、何かあったら連絡があるだろうと、ラインやらメールやらをチェックして、見守りカメラで様子を見て…特に兆候はなかった。それだって、別に特別なことじゃない。


だから帰宅途中も、今夜は家の周りで排泄する程度には出てみようかなと、考えながら運転してた。



昨夜は喜んで遊び食べしてくれたから、今日もやってみようと鶏肉を切った。だけど、10gも食べたかどうか…


高栄養のロイヤルカナンやニュートリカルを口に入れて、なんだかあんまり宜しくないな、一気にあげないでちょこちょこと強制給餌した方がいいかなと、無理に規定量は目指さなかった。



だんだん咳が頻回になり、体を横たえると咳き込むから、動物病院に連れて行って腹水を抜いた。


500mlくらい抜いてもらって、マロンからホッとした気配を感じた。



車内でもイビキをかいて眠ってた。



それでも時々は咳をしてたのか…あの夜は、配達前にちょろっと眠った程度だった。配達中も信号待ちで、iPhoneの見守りカメラでマロンの様子を確認。それほどひどい様子ではなかった。



なのにあの夜、今までで一番の勢いで配達した。あんな運転を毎日してたら、余裕で警察に張り込まれてとっ捕まっただろう…


…とは言いつつ、どこをどんな風に走ったのかまるで記憶にない。ただ突っ走った覚えがあるだけ。去年より今の方が配達件数は少ないのに、どんなに急いで配ったって、午前3時前に帰宅したことはない。



マロンの発作は、帰宅してから30分程で始まったように思う。


酸素やニトロを目一杯使っても、鎮まるどころか酷くなる一方の発作に、たまらずマロンを抱き上げて、ありったけの思い出と感謝を語り続けたはずなのに、もう語りかける言葉も思いつかなかったはずなのに、今だに言い足りない。



マロンの最後がどうだったのか、私は今だに次女には聞けないでいる。


聞かないでも、離れた場所で、レオンがどう動いてくれたか、それが例え、他の人には眉唾エピソードであったとしても、私はレオンがマロンを連れて行ったんだと信じてる。



もっと一緒にいたかったは、最大限の愛情表現の一つ。



あれ以上、苦しんで欲しくなかった。



まだ行かないでと言えば、まだ頑張ったのだとしたら、断腸の思いで、


「もういいよ、もう苦しまないで」


と言えたことは、レオンの死後を思えば、苦しんで這い上がった成果だと自画自賛もしたくなる。



だけどその程度の自画自賛は、死の2時間前に見せた、マロンのヘソ天に比べれば、鼻くそ程度の価値もない。



まして、あれだけの咳発作の最中、泣いてる私の目を舐めてくれたマロンに比べたら、私なんぞのーたりんのおたんこなす以下である。