あの日から丸3年が経ちました
肝臓に多発転移しているので手術はできません
延命の為の抗がん剤治療受けてください
『いつまで続けるのですか?』
Dr『終わるまでです』
『終わりって?』
Dr『余命ですか?一年です』
特に落ち込むことも動揺することもなく、すんなり受け入れた自分が不思議だった。とても落ち着いてた。
その日の午後、主人と私はレンタカーで埼玉県の競技会会場に向かった💨心は病気を忘れて次に向かっていた。
そう…それは、申し込んでいた本部競技会に出る為。
4月7日の検査で、どうも膵臓癌らしいことがわかって、すぐに検査が始まった。
その時に諦めていた本部競技会。
キャンセルしてないなら出ようと言ってくれたドッグスクールの先生。犬が手元に居ないと言ったら、運ぶよと言って背中を押してくれた。
北海道から津軽海峡渡って🛳️一路南下して埼玉県まで徹夜で愛犬を乗せて走ってくれた。
あの日が私の命の岐路だった。
あの日があったからこそ今日がある。
私にとってドッグスクールの先生は神でしかない。
今でも感謝を忘れる日はない。
2023年4月23日
この日だけは、痛みを忘れて10kg痩せ細った体に鞭打って頑張った!そしてポイントゲット💮
この競技会の後、連休明けに入院して抗がん剤治療が始まった。
あれから3年の間に54回の抗がん剤治療を受け、少しずつサイクルを伸ばしながら来たけれど、昨年の8月で気持ちはいっぱいいっぱいになっていた。
ソフィが居たから頑張れた✊
新聞に載せていただきましたが病気は内緒でした
2024年6月20日
昨年、2025年1月には両肺に多発転移確定で薬剤変更の話をされたけれど、もう少しFOLFIRIを続けてくださいとお願いした。
副作用さえなければ体調は良いのに、抗がん剤のお陰で副作用が苦しく、生活は時間的にも拘束され、体はもぼろぼろになっていく。
やめたかった…Instagramにも2回程やめたい!と投稿していた。
2025年3月31日
セカンドオピニオンも受けたけれど、あり得ない酷いことを言われた。🦀研○○病院の内科部長…
あなたの通っている病院や、うちの病院は癌患者の数がものすごく多いんですよ!一人一人に丁寧なことなんてやってられないですよ😱
それにあなた、膵臓癌と言われてからこんなに長いこと治療が続くと思ってなかったでしょう。それだけでも充分じゃないんですか?
空いた口が塞がらなかった😱
神が居る一方で👹医者 人として最低だと思った
この経験からセカンドオピニオンはやめて、いきなりの外科受診にした昨年秋。勿論、主治医には鼻で笑われたけど、データと紹介状はお願いして連携室通しての予約。これは濱元先生に背中を押していただいたお陰で行動に出る勇気が出ました😇
話は前後しますが…
まぁまぁ色々あった3年間だけど、一貫して変わらなかったのは私の体調の良さ!悪いのは副作用の時だけ
お腹と背中の痛みも抗がん剤治療始めてすぐに消えた
主治医は多発肝転移も多発肺転移も原発巣も画像だけでは分からない。調子が良いので、抗がん剤中止も一つの選択肢ですと言い出した。ならば手術はできませんか?と聞いても推奨しませんの一点張り🫷
昨年は、夏以降手術に向かったので、競技会には北海道開催の5月と7月の2回しか出られなかった。
昨夏以来久しぶりの競技会はどきどきだけどわくわくもする🙌
今回、副作用に悩まさせながらやれるだけやった
後は本番でソフィらしさを発揮させること✊
膵臓癌告知されて以来、告知前と生活は変えなかったとにかく前だけ見て生きてきた
振り返れば…
たくさんの方に助けられ支えられ応援していただきました
2023年10月国立🦀研究センターに転院してからは、初めのうちは次女にお世話になり、その後は実家に住む弟夫婦のお世話になりました。送迎から食べることからお洗濯に至るまで、何から何まで…実の家族以上でした。感謝しても仕切れない程お世話になりました🙇♀️夫は勿論ずっと寄り添い続けてくれ側に居て助けてくれました。
一方で、同居の息子夫婦には全く寄り添われること無く放置されていました。挙げ句、コンバージョン手術退院後には家族揃って家を出て行き私達を見捨てました🤯何故なのか理解できません…
これからも再発しない!転移しない!を心に
根治目指して負けない心で生きていく
感謝と祈りの日々を穏やかに🙏
















