◆◆世界の現状と未来◆◆





 国の現状と未来は、その国が何を常識としているかによって定まる。

人はいろいろな策略を練る。このようにすれば、決して分からないであろうと考え、それを表に出さない。

如何にも、突飛な計略のようであっても、その計略自体が《常識》の制約を受ける。

このため、各国の常識を知れば、

なぜ今その国がこのような姿となっているのか、将来どのようになっていくのかもわかる。

ここからは応用であり、必ずこうしなくてはならないと言う性格のものではない。

各国の常識も各人の常識もどんどん変化していく、私が私の万軍を使って変化させているのだから、

これがそのまま通用していくわけではないが、一応の目安とはなるだろう。









【欧米の植民地政策とグローバルスタンダード政策】




 欧米の植民地政策は、現地人の二つ以上の対抗勢力によって成り立っている。

白人が支配者として君臨している間はその国内が安定すると言う政策である。

たとえば、民族運動が激化したりすれば、白人は簡単に支配権を現地人に譲り渡してしまう。

この時、反対勢力が立ち上がり、内戦が勃発し国内は極端に乱れる。

この混乱の収束を乞われる形で、白人が再び支配者の座に就くと、この内乱はピタリと収まるのだ。


 この原理は簡単で、白人が支配権を渡す相手でない方を支援し、わざと内乱を起こさせているのだ。

その組織が政権を取りそうになると、今度は組織を変えてしまう。

このようにして、内乱に次ぐ内乱状態にし、

その乱れきった国に白人が入ると反乱がピタリと収まると言う奇跡を演出していくのだ。

これが欧米の植民地支配の手法である。

武器も資本もすべて白人が押さえているのだから、

それらを小出しにしていけば、長期にわたる安定統治が可能となる。

現地の人から見れば、白人統治か、内乱状態かの二者択一となり、

内乱よりも白人の植民地支配の法が良いと言う選択となるから、なかなか植民地支配から脱却できないのだ。







 キリスト教国にはキリスト教による常識があり、イスラム教国にはイスラム教による常識がある。

また、世界中各地はそれぞれ常識があり、その常識の差が世界の問題や紛争の元となっている。

世界を同じ一つの常識とすることが出来れば、問題は解決できるのではないか。



 これが今、欧米が推し進めているグローバルスタンダードと言う考え方である。

しかし、これには無理がある。

たとえば、《自由》を、このグローバルスタンダードの一つとして設定したとしよう。

完全自由と言うのならば、自由を禁止するのも自由であるから自由を禁止しても良いとなる。

自由を禁止する自由までも認めてしまうと、グローバルスタンダードとしては機能しない。

つまり、何らかの条件付けをしなくてはならなくなるのだ。

他のものでもすべて同じような結果となり、

それがどのようなものであったとしても、グローバルスタンダード化は不可能なのだ。


唯一可能なのが、コーランの考え方

【すべての定めには正邪・善悪もなければ真理もない】をグローバルスタンダードとすれば可能ではある。


欧米は、すでに行き詰っており、新たなものを模索している状態と言える。