【天にも地にも地の下にも】


人の感覚で言えば、天と地と地の下で全て。

しかし、天は上の水と下の水を分けるものである。

つまり、天の上の水と下の水(海)と言う二か所が残されている。


よく見よ。

天の下の水、すなわち人の思考で、多くの者たちが解いているではないか。

《ヨハネの黙示録は、恐るべき滅亡の予言である。》

と。

隕石が降ってくるとか、地軸が逆転するとか、

世界を滅ぼすような大戦争が起きるとか・・・・・


どうして、ヨハネの黙示録を見て、そのように思うのか???


これには理由がある。

ヨハネの黙示録自体が、人の心を映し出す鏡のような役割を持っている。

つまり、語っている者の思考を、

映し出すのだ。


隕石が降ってくるとか、地軸が逆転するとか語る者は、

自身がそうしたいと望んでいるから、そのように解釈するのである。


戦争が起きると語る者は、大戦争待望者であろう。


また、多くのクリスチャンと称する者たちは、

《異教徒が裁かれ、クリスチャンによる理想国家が誕生する》

と、語っているのではないか???

これは、そのようにしたいと思う自身の願望が出ているだけなのだ。


しかし、

中間では、このような解釈をしておいて、

結局、最終的な結論として《解らない》と締めくくっている。


彼らは、何が解らないのか????

自らの心の定めどころが解らないのだ。



そして、もう一か所。

天の上の水でも、解く事が出来る。

すなわち、天の上の水(思考)から見れば、

ヨハネの黙示録は、

確かに書き示されている通り《聖霊》であり、

ヤハウェの思考そのものであり、

妙法蓮華経であり、

ヤハウェからヤハウェに与えられる書である。


そして、

ヨハネの黙示録自体が、自分の心の有り様を映し出す鏡であるので、

ヨハネの黙示録をこのように見る、

心はヤハウェに他ならず、自ら聖霊を保つ者に他ならない。