【七つの星は七つの教会の天使たち、七つの燭台は七つの教会である。】


七つの教会は聖教会となるが、ここでは聖教会の姿が奥義として示されている。

ヨハネの黙示録が示す聖教会とは、

『ヨハネの黙示録のイエス・キリストが天使となって示すところのヤハウェ』

なのだ。

つまり、《七つの教会》として書かれているものは、

《天地創造の神》そのものなのだ。


続く2章、3章は、どのようにしても定義しきれないヤハウェを、

人の考えにより定めると、どのようになるのかを示している。


ヤハウェ(神)は、導きにして、導きに非ず。

ヤハウェ(神)は、人の思考と分断しているが、分断に非ず。

ヤハウェ(神)は、あかしにして、あかしに非ず。

ヤハウェ(神)は、妙法蓮華経にして、妙法蓮華経に非ず。

ヤハウェ(神)は、救いにして、救いに非ず。

ヤハウェ(神)は、人にして、人に非ず。

ヤハウェ(神)は、聖にして、聖に非ず。


これゆえ、知ることも信じることも難しい。

多くの者が、《わたしは信じる》と語るが、その正体は人では判別不能である。


《わたしは信じる》と語る者たちは、自らの内でヤハウェを創りだし、

そのヤハウェを信じると語るのだ。


信じたくとも、その正体も姿も分からない神。

人は、ヤハウェを直接信じることさえ許されていない。

ただ、ヤハウェの言葉を受けるのみ。

受けた言葉を信じるのみ。