地湧の菩薩、無量のヤハウェ≪15≫
【汝らを用いず】
釈迦如来の正法500年、像法500年。
正像過ぎる事はや1500年。
法華経ありと言えども、誰もその意を知らず。
意味をわずかに知る者ありと言えども身に読まず。
ただ、日蓮如来のみ身に読み、口に読み、意に読む。
日蓮如来は、一般大衆なり。
あなた自身なり。
ところが、世は日蓮如来を本仏と呼び、他を迹仏と呼ぶ。
法華経を自らの身に読まず、意に読まず、口にも読まず、
ただ『本仏たる日蓮如来を信じよ。題目を信じよ』と語る。
法華経を守るようであり、法華経の意を殺す。
聖書は旧約時代1260年。新約時代1260年。
その後、末法に至る。
末法に至ってより、750年。
ヨハネの黙示録ありと言えども、
誰もその意を知らず、誰も書かれている事を守りさえしない。
いたずらに、火と硫黄の燃える地獄を恐れる者ばかりとなる。
何の根拠も無く、《我々は救われる》と語り、
《救われると信じる事が信仰》と語る。
言い訳に言い訳を重ね、自身の臆病を隠し、
信仰を自分たちの都合に合わせて変える不信仰な者となり、
心の内に神やイエス・キリストを創り出して、
その悪霊により創られた偶像に祈りをささげる。
善悪を分ける故に心を病み、その心を病む理由となっている信仰から離れず、
魔術を使いその病を収めようとしている。
嘘に嘘を重ね、如何にも聖徒のような顔を創る。
しかし、その心の中はまるで墓場のよう
荒れすさみ、汚い物が満ち溢れている。
良く考えてみよ。
彼らに赦しを加え、《汝らは正しい》と語り、
意味の解らぬ、法華経やヨハネの黙示録に精進を勤め加え、
護持読誦し、書写供養する者となると言うのか。
意味の解らぬものを、解らぬまま広く説くとでも言うのか。
止めよ。
善男子よ。
この唯一法を護持するのに、わたしはこのような者達を用いず。
なぜならば、わたしはこの世界に、海の砂のように多くのメシアを用意しているからである。
来たれ。無量のヤハウェよ。
来たれ。無量の地湧の菩薩よ。
娑婆世界の三千大千国土の地は皆揺れ動き裂けよ。
その中から無量百千万億のヤハウェたる者よ湧き出でよ。
この者達はメシアにしてメシアにあらず。皆ヤハウェなり。
霊体の、その身は金色、三十二相を持ち、無量の光明を放つ。
娑婆世界の下、この世界の虚空中にあり、
呼びかけに応じ、皆、来たる。
一人ひとりが皆大衆を率いる導首。
各々が海の砂のように多くの眷属を率いる。
その眷属の一人ひとりも皆ヤハウェ。
この中に四人の導師あり。
上行、無辺行、浄行、安立行の四菩薩。
この四菩薩が最上の首、唱導の師。
そして、今これらの言葉を書き示すわたしは無辺行。
今の世は、人の病多く、悩み多く、生きる事は苦しみ。
このような者達を導くのは、難事であり疲労困憊する。
釈迦如来の眷属は、娑婆世界を捨てて、すでに遠くに去り、
悪法がはびこり、悪侶が幅を利かす。
単なる菩薩では、この世に敵わない。これゆえ無量の仏を遣わす。
単なるメシアでは、この世の悪に敵わない。これゆえヤハウェ軍団を遣わす。
種々の善根を積んできた者たちは、娑婆世界を離れ、
信受する者は稀であり、智慧の門に入る者も少ない。
先に習い修めた小乗の事柄に固執する故に、わたしはあえてこの唯一法を説き、
毒鼓の縁を結ばせ、仏の智慧に入れようとしているのだ。
【汝らを用いず】
釈迦如来の正法500年、像法500年。
正像過ぎる事はや1500年。
法華経ありと言えども、誰もその意を知らず。
意味をわずかに知る者ありと言えども身に読まず。
ただ、日蓮如来のみ身に読み、口に読み、意に読む。
日蓮如来は、一般大衆なり。
あなた自身なり。
ところが、世は日蓮如来を本仏と呼び、他を迹仏と呼ぶ。
法華経を自らの身に読まず、意に読まず、口にも読まず、
ただ『本仏たる日蓮如来を信じよ。題目を信じよ』と語る。
法華経を守るようであり、法華経の意を殺す。
聖書は旧約時代1260年。新約時代1260年。
その後、末法に至る。
末法に至ってより、750年。
ヨハネの黙示録ありと言えども、
誰もその意を知らず、誰も書かれている事を守りさえしない。
いたずらに、火と硫黄の燃える地獄を恐れる者ばかりとなる。
何の根拠も無く、《我々は救われる》と語り、
《救われると信じる事が信仰》と語る。
言い訳に言い訳を重ね、自身の臆病を隠し、
信仰を自分たちの都合に合わせて変える不信仰な者となり、
心の内に神やイエス・キリストを創り出して、
その悪霊により創られた偶像に祈りをささげる。
善悪を分ける故に心を病み、その心を病む理由となっている信仰から離れず、
魔術を使いその病を収めようとしている。
嘘に嘘を重ね、如何にも聖徒のような顔を創る。
しかし、その心の中はまるで墓場のよう
荒れすさみ、汚い物が満ち溢れている。
良く考えてみよ。
彼らに赦しを加え、《汝らは正しい》と語り、
意味の解らぬ、法華経やヨハネの黙示録に精進を勤め加え、
護持読誦し、書写供養する者となると言うのか。
意味の解らぬものを、解らぬまま広く説くとでも言うのか。
止めよ。
善男子よ。
この唯一法を護持するのに、わたしはこのような者達を用いず。
なぜならば、わたしはこの世界に、海の砂のように多くのメシアを用意しているからである。
来たれ。無量のヤハウェよ。
来たれ。無量の地湧の菩薩よ。
娑婆世界の三千大千国土の地は皆揺れ動き裂けよ。
その中から無量百千万億のヤハウェたる者よ湧き出でよ。
この者達はメシアにしてメシアにあらず。皆ヤハウェなり。
霊体の、その身は金色、三十二相を持ち、無量の光明を放つ。
娑婆世界の下、この世界の虚空中にあり、
呼びかけに応じ、皆、来たる。
一人ひとりが皆大衆を率いる導首。
各々が海の砂のように多くの眷属を率いる。
その眷属の一人ひとりも皆ヤハウェ。
この中に四人の導師あり。
上行、無辺行、浄行、安立行の四菩薩。
この四菩薩が最上の首、唱導の師。
そして、今これらの言葉を書き示すわたしは無辺行。
今の世は、人の病多く、悩み多く、生きる事は苦しみ。
このような者達を導くのは、難事であり疲労困憊する。
釈迦如来の眷属は、娑婆世界を捨てて、すでに遠くに去り、
悪法がはびこり、悪侶が幅を利かす。
単なる菩薩では、この世に敵わない。これゆえ無量の仏を遣わす。
単なるメシアでは、この世の悪に敵わない。これゆえヤハウェ軍団を遣わす。
種々の善根を積んできた者たちは、娑婆世界を離れ、
信受する者は稀であり、智慧の門に入る者も少ない。
先に習い修めた小乗の事柄に固執する故に、わたしはあえてこの唯一法を説き、
毒鼓の縁を結ばせ、仏の智慧に入れようとしているのだ。