生きるのには絶対に欠かせないもの、みなさんにとってはなんでしょう?
その強制収容所には、定員の三倍近くの囚人がつめ込まれていました(三密どころの騒ぎではない)。しかも最上段のベッドは天井にくっつきそうであったため、そこにすわることさえできません。そのような環境の中で、あらゆる自由を奪われた若い婦人たちが、腹ばいになり、神の導きについて語り始めたのです。
「神さまが私をここに導かれたのは、決して誤りであったとは思いません。私はここで初めて、本当の意味で祈ることを学びました。ここでの精神的、肉体的な苦痛は私に、その人のすべてをイエスさまに明け渡さない限り事態は解決されないことを教えました。これまで私は、うわべは敬けんそうな信仰生活を送っていました。しかし私の生活の中に、イエスさまを完全に閉め出していた部分があったのです。でもイエスさまは今、私の生活のあらゆる部分で王となっておられます。私ははじめて、神の平安と愛で満たされる喜びを知ったのです。」
試練は、主の約束された平安を私たちに供する舞台である、と言えましょう。思い煩い、不安、恐れが押しを寄せて来た時、主にすべてをゆだね、自分の生活のあらゆる部分を愛の御手に明け渡すとき、私たちは、はじめて言い知れない神の平安と愛に浸り、主を心からほめたたえるようになるのです。
ーリビングプレイズよりー
もう一度聞きます。
生きるのには絶対に欠かせないもの、みなさんにとってはなんでしょう?
それは神様です。
私たちは神様を中途半端に利用する者ではなく、
私たちは神様の御心に浸り、生かされ、歩もう。