今の御時世、遠く離れていて、誰かのためになにかできることも限られるかもしれない。
下手をすれば、もうしょうがないよね、と諦めることもあるかもしれない。
でも、そうだろうか?神様に行けないところはあるだろうか?神様のみ手掛届かないところがあるだろうか?
ディヴィッド・ブライアント氏は言う。
祈りで他の人たちを愛することは、非常に美しいことです。本当に愛が無限になるからです。困っている人の所へ、世界のどこであれ、旅をして、助けの手を差し伸べることができたら、なんと素晴らしいことではないでしょうか。祈りによって私たちにもそのような働きができるのです。
地理的にも、文化的にも、物理的にも、霊的にも、
実際には行くことが難しくても、神様が行くことがおできになる所ならば、祈りも「行く」ことができるのです。私たちのとりなしの祈りは、人々がいるその場で、その人々に「触れる」のです。神様がその人々の所にいて、私たちの求めにしたがって、その人々に「触れて」くださるからです。