「このようにして、エフーはバアルをイスラエルから根絶やしにした。ただし、エフーは、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの罪、すなわち、ベテルとダンにあった金の子牛に仕えることをやめようとはしなかった。主はエフーに仰せられた。『あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行なったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう。』しかし、エフーは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に歩もうと心がけず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪から離れなかった。そのころ、主はイスラエルを少しずつ削り始めておられた。ハザエルがイスラエルの全領土を打ち破ったのである。すなわち、ヨルダン川の東側、ガド人、ルベン人、マナセ人のギルアデ全土、つまり、アルノン川のほとりにあるアロエルからギルアデ、バシャンの地方を打ち破った。エフーのその他の業績、彼の行なったすべての事、および彼のすべての功績、それはイスラエルの王たちの年代記の書にしるされているではないか。エフーは彼の先祖たちとともに眠り、人々は彼をサマリヤに葬った。…」
Ⅱ列王記10章28-36節
私たちは神様の恵みによって日々日々新しくされ、その御心によって形作られていく。しかし、私たちが神様から恵みをいただいていても、離れていけばそれは失われていくだけ。私たちはこの神様から与えられた命をどう、生きるだろうか?
さて、↑は紀元前。北イスラエルの当時の王、ヨラム、南のアハズヤをエフ―が打ち破った後の話。彼は一介の将軍だった。彼の上にいる王は、極悪卑劣な行為を重ねるアハブ王朝。逆らったらあっという間に首と共にいのちが飛ぶような国だった。気に食わない者は、宗教行為・豊穣を願って淫行を強要され、子供を火にくべられ、王が気に入れば奪われ、逆らえば殺される。もう最悪の国、国民からしても絶望そのものだった。
そのアハブは敵国のアラムに討たれるも、その背後にいた悪の根源と言わんばかりのイゼベルも、その子供も残り、院政をしいていたから、アハブがいなくなっても絶望が国の中には残っていた。そんな中で神様は、エリシャを通してエフ―を新たな北イスラエルの王とした。一介の将軍が、王に仇成す、あり得ない話だった。しかも最悪のアハブ王朝、そしてイゼベル。本来なら知られて、告げ口をされたら多分一発で処刑される。
しかし、神様は彼を守り、彼に目を留め、アハブ王朝のすべてを打ち破った。もう、北イスラエルの民からしたら、英雄的な存在となったのではないか?と思う。まあ、彼は残虐すぎて結局彼の恐怖は国に残るといえば残るのですが。ただ、それだけにおしいのです。神様はエフ―を通して国を回復させていきたい。でも、彼自身が神様から離れていては、その神様の恵みが失われてしまう。
せっかく神様から目を留められ、王という素晴らしい立場にたてられた、それはまさに神様の御心が彼の内にあらわされる、その恵みを見、また実際に体験するという最高のチャンスだったんです。神様の彼への宣言、素晴らしくないですか?「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行なったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう」って。神様は彼を支えよう、彼の内に栄光を現そう、そう決めていた。
でも、彼がこの神様をないがしろにし、恵んでくれるならそれは受け取るよ、でも私は他の道を歩むけどね、なんていったらどうして神様の恵み、祝福が得られるだろう?神様の栄光ある富、計画を我がうちに受けられるだろう?彼は王として28年治めた、と書いてある。でも神様が祝福される28年と、自分勝手に生きる28年では質が違う。数字は同じであっても、神様の素晴らしい性質が失われた。
事実、せっかく神様が王として立てられたのに、彼の王政はけっこう大変なことになります。↑の史実、「主はイスラエルを少しずつ削り始めておられた。ハザエルがイスラエルの全領土を打ち破ったのである」とある通り。領土だけじゃない、彼は神様のその御心、その後計画をも失っていってしまったのです。
食が人の体を作っていくように、私たちが何によって生きるか、それによって私たちは同じ年齢を生きる、人生を生きるにしても、その魂の部分が削られていく。傷つけられていく。今コロナの問題が世界を覆っているけど、自分の利益を考えた情報操作や様々な行動は結局人を、国を痛めつけていった。本当に正しい情報をしっかりと握らなければいけない。
同様に、私たちはこの魂のために、あなた自身のために、イエス様から離れてはいけない。正しい方、真の神様があなたを生かそうとしている、あなたに大いなる恵みを注ごうとしている。世は、神などこんな時に信じて何になる?というかもしれない。祈ったってなにもならない、というかもしれない。
ペンス副大統領が対策のリーダーとして任命されたときに、まずメンバーで祈ったら、メディアに笑い飛ばされた、という。でも、私たちは今神様が何を語り、どう導こうとしているのか、そのことに対し謙遜にならなければ、神様の御心、ご計画から離れていては、真のいのちを得られないのです。本来神様が与えようとしている思い、御力を、削り取られて中身のないあなた、私となってはいけないのです。神様が、彼の恵みを削り取った、というよりも彼自身が神様から離れ、その罪が彼から神様からの恵みを削り取ってしまったのです。
「エフーのその他の業績、彼の行なったすべての事、および彼のすべての功績、それはイスラエルの王たちの年代記の書にしるされているではないか。エフーは彼の先祖たちとともに眠り、人々は彼をサマリヤに葬った」というけど、神様は神様なりにあなたに対して御心を現し、ご計画を、愛を、あなたという名の書に書き記す、刻みたいのです。どうして神様が最初から裁く計画を書きますか?愛するあなたに。神様の大切な作品たるあなたに。神様は、あなたが神様の民と共にやがて眠りにつき、神様の元・天にて迎え入れたい、そのためにあなたの内に日々日々導かれ、その愛を、現されるのです。
エフ―について「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行なったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう」と告げた通り、神様の御心はすでに私たちにあらわされている、その中にあなたに歩んでほしい、4代、つまり継続して。私たちはこの神様の御心を我が心として歩むとき、私たちの内に神様の恵みは増し加わり形作られていくのです。
神様はイザヤという人を通してこのように預言されました。「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」。
神様はこの預言をイエス様の十字架にあって実現された。イエス様を十字架に、私たちの罪を身代りに背負わせ、罰することによって、死なせることによって、3日目によみがえらせることによって、私たちの、この世に、サタンに、罪によって削られてしまったこの魂を癒し、回復させ、神様の子としてくださる、平安をもたらし、癒されるのです。イエス様のいのちが削られ死なれ、私たちはこのイエス様のいのちにあって神様の御心が増し加えられる、その命にあって今日、生かされていく。
だからこそ、今日私たちは自分のプライドも罪も、重荷も、全部イエス様のもとにおろそう。その時復活のイエス様があなたの内に住まわれ、とこしえにあなたのうちにその御心、恵みが増し加えられ、あなたを魂から生かし導かれ、形作られていくから。