愛は一方通行ではなく | とある働き人の聖書のお話

とある働き人の聖書のお話

東京で牧師をしておりました。
7年前子供が小学生に上がるまで離れていましたがぴったりの時に新しい働き(子ども関係)に招かれ、伝道させていただいています。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」

愛することは応答する事。一方的に受け取ることが愛ではない。その受けた愛に応えること。神の愛に応答しよう。
ーある説教者ー

 

所感)私たちは神様にあれしてこれして、と一方的な要求をする。神様はもちろん私たちに最善のものを与えたい、でも「物」で結ばれる、自分の要求にこたえるかどうかだけで結ばれる関係にどんな意味があるだろう?

 

神様はもっともっとあなたが思う以上のベストを与えたい、とイエス様を今から約2000年ほど前に遣わしてくださった。私たちに愛を要求し、答えたら何かをする、ではなく神様から行動を起こされ、あなたを回復させるため、何より罪から解放しいのちを得させるために、まずイエス様の命を十字架に架け、死なせた。あり得ない話。でもこれが神様の愛。そこまでしてでもあなたを取り戻された。この愛を私たちはもっと信頼すべきではないだろうか?この愛、十字架で結ばれた命の関係に生きよう。

 

あなたの応答の内に、神様はその御働きをなされる。あなたが神様に信頼して一歩踏み出す、その中に神様は豊かに働かれる。厳しい状況でも、苦手な人の前に出る時も…