「私が目を上げて見ると、なんと、四つの角があった。私が、私と話していた御使いに、『これらは何ですか』と尋ねると、彼は私に言った。『これらは、ユダとイスラエルとエルサレムとを散らした角だ。』そのとき、主は四人の職人を私に見せてくださった。私が、『この者たちは、何をしに来たのですか』と尋ねると、主はこう仰せられた。『これらはユダを散らして、だれにも頭をもたげさせなかった角だ。この者たちは、これらの角を恐れさせ、また、ユダの地を散らそうと角をもたげる国々の角を打ち滅ぼすためにやって来たのだ。』」
ゼカリヤ書1章18-21節
神様は夢物語を語るのではなく、神様の愛を実行に移されます。そして神様の御手は私たちの目には留まっているように見えても常に動いている、神様の栄光が、御心が全地を覆って。私たちは神様を夢物語と侮る事無く、私たちはこの神様の御心が成っていく事を切に待ち望み、また祈ろう。
さて、↑は預言者ゼカリヤを通して神様が語られたことばです。BC520年頃、バビロン捕囚から解放され、イスラエルに帰ってきたイスラエル。彼らはかつて栄光輝いていた神殿を再建しよう、神様の栄光が、神様の御力がこの地を覆う事を願って、当時の王・クロス王の支援もあり、進めて行きます。何とクロス王自身、神様を体験し、国内外に、この勝利は神様なくばあり得ない、と自らを誇らず、神様を誇り、神様の御業を待ち望み、神殿再建のサポートをしていたのです。
ただ、私たちの人生山あり谷ありなように、帰った彼らも現地住民たちの妨害によって、15-6年にわたって工事が中断する事となります。また、捕囚から帰って来たばかり、イスラエルの民も自分たちの生活がままならなく、その手が止まってしまいました。そんな中、神様は↑のように。ゼカリヤと言う預言者(未来予測をする、と言うよりも神様のことばを「預かり」語る人)を通して神様がどんなことを計画し、今なされようとしているのか、幻を通して語ります。
あ、昨日も書きましたが、神様はただ夢物語を見せる方ではなく、その計画を実行に移されます、神様の最善を散りばめる、と昨日あったとおりです。「預言」とは神様のことばを預かって語る、と今書きましたが、神様はご自身がなさろうとしている事を語られるんです。神様のおっしゃる事は絶対に空しく帰って来る事はありません。それがよく分かるのが、↑でゼカリヤを通して見せた幻の2番目。
神様は、ゼカリヤに4つの角を見せました。この角と言うのは力の象徴、権威の象徴でもあるのですが、ユダ(イスラエル)を散らしたものですから、恐らくバビロン、ペルシャ、歴史を追っていくなら、ギリシャ、更にローマ帝国とみられます。今現実問題彼らは原住民との問題、生活苦と言った問題を抱えていますが。まず神様は少し大きなところを見せます。
そして次に4人の職人を見せました。彼らは神様のことばによると、その4つの国を打ち砕いた人たち(神様に遣わされ)、ユダ(イスラエル)をとらえ支配する者たちから解放する人たちだ、というのです。とすると、歴史的にはクロス、アレクサンドロス、そしてそれを討ったローマ軍(世を支配するあらゆる問題、また罪、サタンの象徴でもある)、それを最後はイエス様が打ち砕かれる、と。
まあ本当に私たちの現実もそうですけど、的を射た幻。神様は彼らに、私たちに無関係な事は語らない、いつも私たちに愛を、いのちをもたらす言葉を語り、また実行される。ちなみに、この4つの角と同様の幻を、ダニエルと言う人にも見せています。
と、この幻の話を少しまとめて行くと、彼らは今は夢物語を語る、見ている場合じゃない、と言う現状にあります。せっかくバビロンから解放されても次から次へと様々な問題が。でも、神様はある時だけ助けて終わり、ではなく神様の御手は、御目は彼らからそらされていたわけではなかった。神様は、その時その時にいつも助けを送っておられた。時代は変わっても神様の思いは変わらないのです。
これ、私たち忘れてはいけないですよ?神様の私たちへの願いは不幸になる事ではなく、いのちを得てほしい、そのために神様はあらゆる手を尽くしてくださっている、私たち見えない中でも神様はその御手を伸ばされているんです。問題が大きい小さいとかそういう話ではない、神様があなたの内に御心を建て上げるべく、その職人・御心をなされるのです。あなたを建て上げようとしてくださるのです。
バビロンから神様はクロスを通してイスラエルを解放された、そして今、イスラエルは確かに現地住民の理不尽な妨害によって苦しめられ、また生活もままならない状況にある。でも、彼らが帰ってきたこのプロセスには神様のお働きがある、神様の職人が今彼らと共にあって再建をしてくださっている、神殿だけじゃない、国、そして彼ら自身の失われたアイデンティティを、神様の民としてのアイデンティティを回復させてくださっていたのです。彼らの内側でも、外側でも、神様は働かれていた。神様の御手が及ばないところはないのです。
私たちの周りには、イスラエルに見せた幻のように、際限のない戦い、問題があります。大小問わず。でも神様は、私たちがこの世の思い煩いによって支配されているのを良しとせず、夢物語ではなく、真実な愛を、御心をあなたの内に現そうと、最高の職人である御子イエス様を今から約2000年ほど前に遣わしてくださった、しかも神の御子たるイエス様が、「人となってお生まれになられた」。赤ちゃんから。全く同じ重荷を背負いながら歩まれたのです。まあ罪は犯されないんですけどね。
そうして私たちの様々な重荷を一緒に背負い、また癒され、解放されていった。それこそ4つの角が順番に打ち倒されていったように。でも、私たちは一部だけ癒されてもまだ最大の角、罪、サタンと言う問題が残されている。私たちは神様から離れ、好き勝手に生き、それこそ神様に対して敵対する国を築き上げてしまった。もはや神様の遣わす職人、いや神様自身に打ち砕かれても仕方ない者だった。
しかし、神様は私たちを打ち砕くのではなく御子イエス様を身代りに打ち砕かれたのです。何の罪もない方が。あなたを再建、新しくするには、私たちの罪が、私たち自身が打ち砕かれなければならない、しかし御子イエス様が身代わりにその罪を背負ってくださり十字架に架かられ、死なれたことによってその罪の代価は支払われた。でも、3日目によみがえられたことによって、その撃ち砕かれた国から新しい国、新しいあなたが築き上げられるのです。あなたが御子イエス様を救い主として信じ受け入れる事によって。
それにしても、「職人」とはよく言ったもので、あなたの内を建て上げてくださる、復活のイエス様があなたの内に住まわって。職人わざをもって。何もしない神様ではなく、御子イエス様のいのちまで惜しまず与えてまで愛された神様は、あなたの内に最高の職人イエス様を住まわせ、聖霊様の御力をもってあなたを建て上げてくださり、また導いてくださるのです。いやそれだけではない、神様の御国をあなたの決断、従順を通して築き上げ、やがて朽ちることのない永遠の御国、罪もサタンも死も、一切の悲しみも打ち砕いた4番目の最高の王国、御国が完成される、その道すがらに私たちはいるのです。あなたはこの偉大なる計画の一部を体験させていただいているのです。
昨日も書きましたが、神様は夢物語を語って終わりではない。その愛を実行に移される。私たちは神様を夢物語と侮る事無く、私たちはこの神様の御心が成っていく事を切に待ち望み、また祈ろう。クリスマスはフィクションでも夢物語ではない、あなたへの神様の愛の印です。神様のあなたへの愛は、計画は、御力は、いや神様ご自身の計画、御業に年末年始はない、大胆に神様に近づかせていただき、御心を求めて行こう。