ぼくらの頃には既に「新人類」という言葉が生まれていたが、若い人を見る年長者の感情はいつの世も同じなのかもしれない。とはいえ、この自分の体験は、ちょっと異質なものだったのではないかと思えるのである。
今から十数年前、一定期間大学卒業したての若者たちとある仕事で一緒になることになった。一応自分は年長者だったので、10人程度を纏める役を与えられた。
家には帰れず、ホテルにカンズメになった時の事。
私は一人の男と一緒の部屋になった。東京有名私学を卒業したという青年である。受験の難関校であり、なかなかな頭脳を持っていると推測された。しかし、学力だけで人間の価値は測れないと思い知らされた。
その日の夜、仕事を終えた我々は部屋へ入った。荷物を下ろし、一通り身の回りの整理を終え、さて風呂に、ということになった。するとその青年は「先にシャワー浴びていいですか」と訊いて来た。一瞬、「年長者へは『お先にどうぞ』という所だろ?」と思ったが、「いいよ。」と返した。20分くらいで彼が出て来たから、それではと私が入ろうと足元を見て驚いた。足拭きタオルがびしょ濡れである。そして、バスルームの中へ入るとまた驚いた。全てのタオル類がびしょびしょで使えない。仕方なく自分用のタオルの水を絞って使う羽目になってしまった。
がっくりして部屋に戻り、仕事に必要な携帯を充電しようとコンセントを見ると、すべてのコンセントが使われていた。私のベッドの枕元のコンセントも占拠されていたのである。これには堪らず、「お~い、俺の携帯はどこで充電すればいいんだぁ~?」と独り言のように言うと、奴は「あ、そうでしたか。」と言って私のベッドの所にセットしていた電気シェーバーを外した。
翌朝、自分の次に年長だったAさんに昨夜の体たらくを思わず愚痴らずにはいられなかった。そして仕事を終えたその夜のこと。その日も同じホテルに泊まることになっていたので、ホテルの売店で買い物していた時の事。なんとなく視線を感じて振り向くと、同室の青年がこちらに歩いてくるのが見えた。自分は会計を済ませたので売店を出て、外の空気でもちょっと吸おうと外に出たら、青年も私の方を睨みながらエントランスに近づいて来ていた。あれ、アイツ、売店で買い物じゃなかったのか?と思って居ると、彼も出入り口のドアを押し開けてずんずんこちらに近づいてくる。私を見る目の力がハンパでない。何となく迫力負けして後退りするようにして反対方向に歩き出した私をなおも彼は追い掛けて来る。私は逃げる。そしてついには駆け足になっていた。それでも彼はものスゴイ勢いで突進してくる。「このままではやられる!」と思った私は、立ち止まり、正対して相手しようと思い、身構えた。すると彼は私の前に立ち止まり、息を切らせながらこう言い始めた。
「昨夜はすいませんでした!」
え?謝りたかったの?それだけ?それだけにしては何かのっぴきならん雰囲気があったけどなぁ。・・・まあ、いいや。と思い、「いいよいいよ、もう」と返した。
その後Aさんに尋ねたら、Aさんは青年に「お前は気配りが足りない」と説教してくれたのだそうだ。その時青年はしきりに反省の素振りを見せていたという。
ああ、そうだったのかと納得した私だったが、それにしてもあの追いかけ方は普通じゃなかったなあと思った。そしてその夜は普通にシャワーを浴びることが出来、コンセントも使うことができた。
その後、この青年とはあまり接近しないようにしていたのだが、最後の最後に付き合わなければならなかった。彼は路上で車の見張りをしていた。私はその車の後ろに着け、満杯の荷物を下ろし始めて居た。事務所に一回荷物を上げ、数名の助けを呼んで荷物運びを始めた。人数不足を感じた私は彼にも援助してもらおうと考えた。
「今何してるの?」
「車の見張りをしています。」
「それなら、こちらの荷物運びを手伝ってくれないか?君が手伝ってくれたら数分で済むよ」
すると彼はこう言い放った。
「いえ、〇×さん(私たちの上司の名前)から直々頼まれたので、それは出来ません。きちんと見張って居ないと。」
私は最初は冗談かと思った。彼が見張って居なくとも、数分程度なら警察にチェックされることもないだろう。第一、荷物運びの人間がすぐ後ろで常に見張っているようなものだ。それでも彼は微動だにしなかった。私は思わず舌打ちをしそうになった。
後で聞いたことだが、彼はひとつの仕事を与えると、まあまあこなすのだが、それ以外の仕事が急にはいったりすると、途端にパニックに陥り、どうにもならなくなるのだということだった。
「彼」以外にすごい奴は居なかったが、ちょっと訳のわからない奴は居た。
「明日休みたいんですけど」と奴が言ってきた。期間限定の仕事である。人数もギリギリでやっている。だから、「できればこの期間は休まないでやってもらいたいんだけど。どうしたの?体の調子でも悪い?」と訊くと、奴は平然とこう答えた。
「いえ、明日は私の誕生日なので休みたいと思いまして。」
「・・・・・・・・」
「はあ?お前は天皇陛下か?」と心の中で叫んでぐっと堪えた。こんな奴が使える仕事が出来る訳がない。他の仲間には悪いが、彼には休んでもらおうと思ったのである。