戦艦と言えばやはり「大和」と姉妹艦「武蔵」だろう。 艦首( 造波抵抗を打ち消す球状艦首を用い速力向上をはかった )と安産型お尻(フロート付水上偵察機及びカタパルト 2基搭載部分)の丸っこさが女性的に思えるデザイン。勇壮な艦橋との対比が美しい。
  美しさだけでなく、当時最高レベルの「不沈設計」も誇った。とはいうものの米軍の物量攻撃にはかなわず両艦とも沈没してしまったが。
 8月再放送されたNHKの「ドラマ 戦艦武蔵」で「武蔵は沈まない 。海の中を漂い続け、海流に乗っていつか日本へ帰る」 というセリフが泣けた。

 


 上は太平洋戦争直前建造中の写真。当時は存在しないとされていた戦艦だったため、この写真はマル秘中のマル秘資料だった。連合艦隊の旗艦を長く勤めなかったのも、同じ理由によるのです。それにしても、手前の仮設建造物が小さく見える威容と46センチ主砲の迫力。長門のあとの連合艦隊旗艦を務めたため後方勤務が多く、内装が立派だったため「大和ホテル」と揶揄されたり、ひとたび動くと燃料の喰い方がハンパなかったことなど、「艦これ」にうまくエピソードとして挿入されていた
 ところで、大和級にはもう1隻姉妹艦があったのをご存知だろうか?いや、途中で空母に設計変更されてしまったのだが、「信濃」がいたのである。

  ミッドウェイ海戦以降の空母不足を埋めるべく「大和型3番艦」を急遽空母へと改装。あのでかい戦艦を改装したのだから、当時史上最大の空母だったわけだが、未完成のまま回航中に米潜水艦の魚雷攻撃であえなく沈没。 まさに三艦とも不沈艦とはならず、海の底に消えてしまった訳である。
・・・なんか、悔しいなぁ。そんな思いで上の3艦を作り上げた少年時代の自分デアッタ。

大和愛あふれる動画を見つけました。