マルキ・ド・サドの「食人国旅行記」を読んだ。フィアンセを拉致され、主人公は遠くアフリカ、南太平洋まで追いかける。その途中、人を殺して喰らう食人国で囚われの身となるが、辛くも逃げ出し、フィアンセが連れていかれたと噂のある南太平洋へ。しかしそこで彼が目にしたのは、ユートピアといえる一つの島だった。
まあ、内容としてはこんな感じかな。当然自分は「食人国旅行記」とセンセーショナルなタイトルの書物なのだから、食人族に襲われ、自分が喰われるかも知れないという恐怖を抱きながら、人跡未踏の暗黒大陸を彷徨う冒険譚を楽しみたかったのである。著者は「ソドム百二十日」のサドだから、当時も今もセンセーショナルな内容の狂気を孕んだインモラルな世界が繰り広げられるのかと期待したのだが。食人族に捕えられたまでははらはらどきどきだったが、条件付きながら身分が保証されてしまった時点で「アレ?」。
それでも脱出したのでこれからが本番か、と期待した。それから太平洋の島に辿り着き上陸したところで、この島の指導者ザメと出合う。ここで自分はこの男と主人公が結託し、悪の限りを尽くして島民を虐殺し、最後はザメも殺害してこの島の支配者となるのか、と期待したが、さにあらず。若く美しい男女は沢山出て来るが、健全なダンスや遊びだけで、とうとう最後まで酒池肉林のインモラルな世界を読むことができなかったどころか、ザメを通して長々と語られるのは共産主義を土台にしたようなパラダイス思想だった。しかもこれが本書の7割くらいを占めるのではないかというボリュームで、「次か次か」と期待していた自分は次第に落胆し、読むのをやめようかと負った程であった。澁澤瀧彦氏の解説によると、本書はサド獄中の1787年頃から構想を練られたであろうとのことで、そうすると、かのフランス革命直前ではないか。と言っては見たが、この時代に書かれたからその学術的意味はいかほどか、なんて自分が考えたところで詮無いことである。
とにかく、何とか最後まで読み進むことはできたが、最後はハッピーエンドであり、自分はサドに裏切られ続けたことになる。嗚呼、已矣哉(やんぬるかな)。