久しぶりに友人の営む古書店へ寄った時の事。
「あっ、杉浦日向子。」
と、ついつい手に取ってしまう。
杉浦日向子は江戸風俗研究家であり、それに基づいた江戸時代の庶民の物語を多く描いた人だ。
知の怪物・荒俣宏の元奥さんとしても知られる人だが、残念にも7年前47歳で亡くなっている。
「あれ、それ、持ってなかった?」
彼が尋ねる。
「いや、持ってるけれどね、こういうところで見つけたらつい、買ってしまうんだね。でも、これ、なんで特価ワゴンの中に?」
私はワゴンの中からこの『百物語 壱』を掲げて見せた。
「表紙カバーの下、見てごらん。」
彼が答える。見ると、猫か犬かが引っ掻いたり、噛んだりしたような跡があり、表面が剥がれている上、そのあたりがささくれ立っている。
ああ、これで特価本なのか。これがなかったらページのヤケもないし、程度のいい本なのに。
「それ、俺の蔵書だったんだよ。」
彼が語り始める。
「書斎にうちの猫が入って来てさ、しきりに本の山を気にしてその中の物を引っ張り出そうとする。何回も何回もそれをやるので、こっちもちょっと気になって1冊1冊抜き出していったら、どうもこの本が原因のようだった。
というか、敵意むき出しだったんだ。うちの猫は大人しい奴なんだが、この時はひどく興奮していてね。本を傍に置いたら、毛を逆立ててこの表紙を引っ掻くは、噛り付くは、でこんなになってしまったんだ。」
「そんなことしょっちゅうだったら、古本屋の商売あがったりじゃないか。」
「うん、でも、そんなこと今まで全然ないんだ。ていうか、この時だけだったんだ。」
「へえ、そうなんだ。虫の居所でも悪かったのかねぇ。」
「いや、多分そうじゃないんだと思う。」
「というと?」
「表紙には14匹の狐が描かれているだろう?」
「うん」
「そして、中身は怪談話ばかりじゃないか。」
「う・・ん?」
「俺はね、うちの猫がこの本の放つ邪気に向かっていったんじゃないかと思う。俺を守るというか、自分の家を守るためにこいつらに向かって行き、排除しようとしたんじゃないかと思うんだ。」
「それで手放したと?」
「うん。」
「じゃ、他の2巻は?このシリーズは全3巻の筈だよね。」
「うん。でもね、他の巻には反応しないんだ。」
「へえ。」
「他の表紙を見ると、弐巻は菖蒲、参巻は蓮に乗る蛙と虫の絵だよね。」
「そうだったかい。」
「そうなんだ。一番禍々しい表紙は狐の1巻なんだ。うちの猫はきっと、この狐達に挑んでいったのだろうと思うんだ。」
「ほお。」
私はこういう話が好きだ。たとえ作り話であったとしても。
私はこの本を購入し、本の山の天辺にこれを置いた。ペットは飼っていないが、もし猫がうちに居たら、この本に挑みかかるのだろうか、と暫し考え愉しい気分になった。
「あっ、杉浦日向子。」
と、ついつい手に取ってしまう。
杉浦日向子は江戸風俗研究家であり、それに基づいた江戸時代の庶民の物語を多く描いた人だ。
知の怪物・荒俣宏の元奥さんとしても知られる人だが、残念にも7年前47歳で亡くなっている。
「あれ、それ、持ってなかった?」
彼が尋ねる。
「いや、持ってるけれどね、こういうところで見つけたらつい、買ってしまうんだね。でも、これ、なんで特価ワゴンの中に?」
私はワゴンの中からこの『百物語 壱』を掲げて見せた。
「表紙カバーの下、見てごらん。」
彼が答える。見ると、猫か犬かが引っ掻いたり、噛んだりしたような跡があり、表面が剥がれている上、そのあたりがささくれ立っている。
ああ、これで特価本なのか。これがなかったらページのヤケもないし、程度のいい本なのに。
「それ、俺の蔵書だったんだよ。」
彼が語り始める。
「書斎にうちの猫が入って来てさ、しきりに本の山を気にしてその中の物を引っ張り出そうとする。何回も何回もそれをやるので、こっちもちょっと気になって1冊1冊抜き出していったら、どうもこの本が原因のようだった。
というか、敵意むき出しだったんだ。うちの猫は大人しい奴なんだが、この時はひどく興奮していてね。本を傍に置いたら、毛を逆立ててこの表紙を引っ掻くは、噛り付くは、でこんなになってしまったんだ。」
「そんなことしょっちゅうだったら、古本屋の商売あがったりじゃないか。」
「うん、でも、そんなこと今まで全然ないんだ。ていうか、この時だけだったんだ。」
「へえ、そうなんだ。虫の居所でも悪かったのかねぇ。」
「いや、多分そうじゃないんだと思う。」
「というと?」
「表紙には14匹の狐が描かれているだろう?」
「うん」
「そして、中身は怪談話ばかりじゃないか。」
「う・・ん?」
「俺はね、うちの猫がこの本の放つ邪気に向かっていったんじゃないかと思う。俺を守るというか、自分の家を守るためにこいつらに向かって行き、排除しようとしたんじゃないかと思うんだ。」
「それで手放したと?」
「うん。」
「じゃ、他の2巻は?このシリーズは全3巻の筈だよね。」
「うん。でもね、他の巻には反応しないんだ。」
「へえ。」
「他の表紙を見ると、弐巻は菖蒲、参巻は蓮に乗る蛙と虫の絵だよね。」
「そうだったかい。」
「そうなんだ。一番禍々しい表紙は狐の1巻なんだ。うちの猫はきっと、この狐達に挑んでいったのだろうと思うんだ。」
「ほお。」
私はこういう話が好きだ。たとえ作り話であったとしても。
私はこの本を購入し、本の山の天辺にこれを置いた。ペットは飼っていないが、もし猫がうちに居たら、この本に挑みかかるのだろうか、と暫し考え愉しい気分になった。