エヴェリーナは今年15歳になるが、10歳にしか見えない。いつも3階の自室で休んでいるが、調子の良い時は、下の食堂へと降りて来る。今日は久しぶりに彼女が姿を見せ、家族皆からおおっと声が漏れた。
彼女は白い手袋をしたまま席に着いた。病気のせいで指先に異常がある。小さい頃近所の子供に馬鹿にされてから彼女は手袋をするようになったのだ。
サムエルじいさんに父さん母さん。ヘルマンおじさんとユリアおばさん、そして僕。 家族全員揃っての食事の場は賑やかだ。いつになく張り切ったヘルマンおじさんがジョークを連発してこの場を和ませようとする。エヴェリーナも笑顔を見せるが、その緑色の瞳の中心に沈む黒い穴の奥から人々を冷ややかに見詰める気配が漂うのを感じ取り、僕は思わず彼女の両目を覗き込んだ。そしてそれに気づいたか、エヴェリーナは瞳が見えない位に目を細めて笑顔を作り直した。そして僕の方を向き、今日は沢山食べるのよと促した。
いつだったか、エヴェリーナは食事の席でいきなりボードレール『悪の華』の「深淵からの叫び」 を諳んじて家族を驚嘆させた。それはエヴェリーナの賢さへの賛嘆以上に膨らむ好奇心への危惧をも含んでいたのかも知れない。
ともあれ、10歳そこそこにしか見えない少女がボードレールの一節を語る姿は壮観だった。
不道徳的と言われるこの本をエヴェリーナに手渡したのは僕だった。しかし彼女は父の書斎にあった本だと言い張り、とうとう本当のことを言わなかった。
食事の後、彼女が珍しく外へ出たいと言い出して、庭のベンチに二人で腰掛けた。
あの時の皆の反応はおかしかったとエヴェリーナは語り、僕は肝を冷やしたよと大げさに言ったが、彼女は切るような鋭い目つきをして、そうでもないくせに、と口には出さずに突っ込んだ。僕は少し気まずい思いをして、暫し黙り込んだ。
突然、もっともっと、沢山の本が読みたい。読めるかな。とエヴェリーナは独り言のように呟き、すかさず僕がもちろん、と応える。
すると彼女は星に向けていた瞳を僕の顔に移し、じっと見詰め始めた。どんな思いで居るのだろう。そんな瞳を僕も観察し始めると、彼女はまた線のように眼を細め、瞳を見えないようにした。
狐眼の少女。
と言って笑わせようとしたが、エヴェリーナは、何も反応しなかった。
J'implore ta pitié, Toi, l'unique que j'aime,
Du fond du gouffre obscur où mon coeur est tombé.
C'est un univers morne à l'horizon plombé,
Où nagent dans la nuit l'horreur et le blasphème;
Un soleil sans chaleur plane au-dessus six mois,
Et les six autres mois la nuit couvre la terre;
C'est un pays plus nu que la terre polaire
— Ni bêtes, ni ruisseaux, ni verdure, ni bois!
Or il n'est pas d'horreur au monde qui surpasse
La froide cruauté de ce soleil de glace
Et cette immense nuit semblable au vieux Chaos;
Je jalouse le sort des plus vils animaux
Qui peuvent se plonger dans un sommeil stupide,
Tant l'écheveau du temps lentement se dévide!