
自分には「たいはい」を書け。と指示が出た。
「ああ、『退廃』か。」と思い、書き始めると、先生が「違う!」と怒る。
代用文字を使用してはならぬと言うのだ。
誰かに聞こうとするが、他人に尋ねる雰囲気はなく、みんな黙々と自身の課題文字を書き込んでいるだけだ。
仕方なく図書室へ向かい、辞書を手に戻ってくる。
調べ始めると、暖炉の火が飛び火して辞書に火が点き、燃え始める。辞書はあっという間に燃え上がり、火傷しそうになり慌てて暖炉に投げ入れる。
「街へ出よ。街で美しい『たい廃』を見つけて来い。そうしたら、文字は自ずと浮かび出よう。」と先生は云う。
自分は頭の中で「たい廃。たい廃。たい廃。」と呟きながら街へと繰り出す。
『たい廃』といえば、政治だろうと、議会へ向うが、そこには薄汚いどぶのような『たい廃』があった。隣の官公庁へ行くと、そこには灰色の倉庫のような『たい廃』があるだけだった。美術館へ向うと、表面がモルタルで塗られたどす黒い『たい廃』しかなかった。そこで、図書館へ向うことにした。そこの『たい廃』が美しければそれでよし、ダメでも辞書で調べればよい。そう思ってほくそ笑んで小走りしながら向った先は、なぜか瓦礫しかない更地となっていた。がっくり項垂れ、とぼとぼ歩く路地の先に、占い師が居た。女は私を見るなり、強引に椅子へ座らせた。
そして、女は「自分はニーチェである」と云う。おおよそ、どこから見ても普通の女で、ニーチェにはどこも似ているパーツはない。それでも女はニーチェだと言い張り、付け髭を鼻の下に付け、強引に占いを始めた。こちらには笑う余裕すら与えない。
女は水晶とタロットカードと、1枚のぼろきれを取り出し、何か呪文のようなものをぶつぶつ呟きながら、占いらしき動作を始めた。
10分は経過したろうか。女はいきなり声を張り上げた。
「お前は『たい廃』を求めているのだろう?」
自分はいきなりどきり、とさせられる。
「は、はい。そうですが」
「ギリシャへ行け。今のギリシャへ。」
女は叫ぶようにそういい残すと、付け髭をむしりとってぼろきれに包みテーブルに置いてから、カーテンの向こうへと姿を消した。
自分は暫くそこに座って待っていたが、占い師は戻ってこない。呼べど叫べど返事はない。仕方なく占い師を呼びながらカーテンを開くと、そこは天空。雲と青空の間で神々が骨肉の争いを繰り広げ、下界ではパルテノン神殿の周囲で多くの人々が相争い、黒い煙が方々から上がっている。
その黒煙が神々の鼻先まで届いたところで、神々は急にわれに返ったように目を見開き、大急ぎで下界へと降りて行く。見ていると、どうやら下で争いあっている人々のそれぞれの身体の中に入り込んでいるらしい。そして、全ての神々が収まるところへ収まったところで、太陽が真っ白いまばゆい光を一閃。その瞬間、
『頽廃』
の二文字が頭の中に浮かび出た。
これで書ける!と自分は先生の下へ戻ろうと急降下し始める。地面が急激に近付いてくるが、何も怖くはない。
古典ギリシアの精神―ニーチェ全集〈1〉 (ちくま学芸文庫)
この人を見よ (新潮文庫)
ギリシャ神話集 (講談社学術文庫)
ギリシア神話 (岩波文庫)
夢判断 上 (新潮文庫 フ 7-1)
夢判断 下 (新潮文庫 フ 7-2)
頽廃芸術展
これが頽廃音楽だ~ヒトラーによって、禁じられ、失われた音楽
ヒトラーと退廃芸術―「退廃芸術展」と「大ドイツ芸術展」
退廃作曲家シリーズ・歌曲編 (Krenek, Ernst: Lieder)
華麗なる頽廃(デカダンス) ドイツ・オーストリア (世紀末の美と夢)
頽廃と夢