
忘れ得ぬ太宰治の独演会
思想家 吉本隆明さん
このごろうちに声楽科を出た人が掃除に来るものだから、僕の歌を聞いてもらっています。うちは家族がみんな年取って、家の中が馬鹿に寂しい。それで少しは声を出して鼻歌でも歌ってやろうと思ったわけです。
音楽も文学も、創作や鑑賞の環境がどんどん便利になっています。手元のボタン一つで「二級品」と呼ばれるものが手に入る。すると人間は「これを読まなきゃおられない」といった衝動的な感覚が薄れていくことになります。せめてそうありたくないと思うなら、例えば紙と鉛筆とがあるならそこに何か、自分の手を使って「あいうえお」でもいいから書いてみる。その「あいうえお」は確かに残ります。手を動かして詩を作る。歌ってみる。そういう根底を失わずにおれば、何とかなるよってことは言えるでしょう。
特に便利な世の中では、真の芸術とそれ以外との区別はできた方がいい。自分が心の中で手放せないものがはっきりすれば、わりと楽に区別できます。文学にみる芸術性をどう見るかですが、作家その人に時代がどう映り、それが時代の真理に近いかどうか、近いほどいいってことになります。近代日本の作家でいえば漱石と鴎外。そして太宰治。時代の勘どころを芯に近い所でつかんでいる人だと思います。あの人が死んだ時、奥野健男と、大学近くの居酒屋で追悼会だといって「あの人を本当に分かっているのはオレたちだけだ」と気炎を上げたものです。
生前の太宰にも会いました。彼の戯曲を自分たちでやろうということになり、三鷹の家まで断りに行きました。訪ねると、奥さんが「出張中」だと言うので場所を聞くと言葉を濁す。うるさい文学青年に追いかけられちゃたまんねえって心得ていたんですね。がっかりして帰ろうとしたら、お手伝いのおばあさんが追いかけて来て、駅近くの屋台の飲み屋にいつでもいるから、そこへ行ったら会えると教えてくれました。
行くと焼き鳥屋みたいなお店で腰掛けて外を見ている人が居ました。店の前を行ったり来たりしてから、心を決めて入り、「太宰さんですか」と聞くと、そうだと。わけを話すと「飲め」と酒を注いでくれて、ぽつぽつ話をしてくれました。今の文学は自分も含めてつまんない作品が多いと言うから、僕らもそういう感じを持っていると答えると、話がのってきました。よしもう1軒行こうとなって、2軒目では、文学的な考えが真ん中から響く話になりました。常連客と楽しそうに話す様子から僕が「太宰さんはつらいとか苦しいとか、ないですか」と聞いたんです。すると「俺はいつだって苦しいし、キツイんだ」と。その辺りから口がほぐれて、今の状況にどういう当たり方をすれば真理に突き当たるかという本質的な話を、本気で話してくれました。
気持ちに響いてくる太宰の話を、僕はじっと聴いていました。徐々に太宰の独演会になり、こっちもあっちも酔っ払ってハイサヨウナラとなったわけです。戯曲の件は「断りなんていらない。そんなもの勝手にやっちゃえばいいんだよ」ってことで、僕らは招待状を送りますと言って帰りました。
あの時のことは忘れがたく、今も鮮やかに浮かびます。あれから僕は、本気で太宰の作品を考えるようになりました。(談)
[写真キャプション] 「鼻歌でも歌ってやろうと思って」: 鈴木好之 撮影