「男性がエロスを感じさせるような女性像を描くのは越権行為のように私には見えてしまう。私がやっていることは当事者研究というふうに考えているんです。」


松井冬子さんについて近々書きたいと思っていたら、
昨夜NHKトップランナーに彼女が出演し、自分の考えていたことが詰まらぬものになってしまった。
ここでは彼女の言の葉の断片を絵画を交えて紹介したい。


世界中の子と友達になれる(部分)
$旧聞逍遙-世界中の子と友達になれる(部分)

『「世界中の子と友達になれる」っていうことは、ありえないですよね。
子供の持つ“全能性”っていうのを、彼女はもう、そういう雰囲気を持ってない。
そんなにポジティヴな感情はもう、消え去ってしまっている。
でも、「世界中の子と友達になれる」という思いは何処かにある。
社会規範に則って生きていると、どうしても自分の中での自由を失っていくということの象徴のようなものとして描きました。
不安の鬱積による恐怖のようなものを著したくて、こういう方法をとりました。』

完全な幸福をもたらす普遍的万能薬
$旧聞逍遙-完全な幸福をもたらす普遍的万能薬

『人間が思い込むことによる恐怖。』
『ウェディングドレスというものを薄気味悪いアイテムだとずうっと常に思っていたものですから、それに似合いそうなぴったりな女性を描かせて頂きました。』

浄相の持続(部分)
$旧聞逍遙-浄相の持続(部分)
彼女が自身で腹を裂いて、
「どうですか見でください。あんたが見たいのはこれでしょ?でもこんな形ですけど」

$旧聞逍遙-浄相の持続


 時々グロテスクだとか、気持ち悪いといわれることがあるんです。
でもそれって多分、こういうものが気持ち悪いんだよ、グロテスクなんだよというように植え付けられている、“文化”というものなんじゃないかなと私は思うんですよ。だって内臓だってとっても美しいものですし・・。だから、実際に見て感じることと多分ずれがあるんじゃないかなと思うんですよ。植え付けられている文化と自分がリアルに感じているものとは絶対差があると思うんです。そこで、自分でちゃんと正直にこう見えているということを考えるということが大事なんじゃないかなぁと思います。

夜盲症(部分)
$旧聞逍遙-夜盲症(部分)

$旧聞逍遙-夜盲症(横拡張)

松井さんはモデルを使って精緻に描く画家なので、自画像ということはありえないとも思えるのだが、こうしてこの繪を横に拡張してみると、驚くほど彼女に似てくる。そこで、自分は勝手に彼女の自画像と思うことにしている。


それはともかく、松井さんの没頭の発言。
「男性がエロスを感じさせるような女性像を描くのは越権行為のように私には見えてしまう。私がやっていることは当事者研究というふうに考えているんです。」
 視聴時のニュアンスや表情から、何も考えないで女体をただなぞる、という行為に対して軽い嫌悪感を抱いているということなのだと思う。
 これについては、おおむね理解できる。
 ただ、異性として美を描きたいという衝動を否定されるのはやはりつらい。そこには熟慮も細かい観察もあったほうがいいとは思うけれど、単なる軽い好奇心程度で書くということも、それが芸術かどうかということは無視するとして、“越権行為”とまで非難される程のものだろうか?という思いはある。
 もちろん女性のことは当事者たる女性が一番よく知っている。男性も同様である。下卑た話ではあるけれど、女性に振られた男性への慰めとしてよく使われる言葉に、
「お前の良さは女性にはわかんないんだろうな。でも、俺はお前カッコ良さ、理解しているぜ。」
というのがある。
 もちろんこれの女性版もある訳で、男性も女性も、同じ人類でありながら、お互いの奥深い内面について、理解し合えていないのかも知れない。
 しかしそのままではやっていけないので、お互いに誤解し合いながら生きているのだろう。

 いわゆる同性愛者がバーやスナックなどでウケがいいのは、姿かたちは異性だけど、中身は同性なので、心の機微まで理解してくれる、という所なのだろう。逆に云えば、同性が思う異性感というものも把握しているから、極めてその理想像に近い姿を演出し得る、ということも強みといえるのだろう。
 
 ちょっと纏めし切れていないが、自分は誤解に基づいたエロスな絵画などの表現物は、それはそれで、いいじゃないか、というスタンスだ。それが異性による誤解から生ずる極端にデフォルメされ理想化されたものだとはいえ、それはそれ。異性による誤解の墓碑銘として考えられたとしても、質の高低はあるにしても意味は充分あると思う。

 ちなみに自分は、女性が気づかぬ男のエロスというものはわかっているつもりだが、「当事者研究」は一切御免である。これはリクツではない。しかし、もし自分が女と生まれて来ていれば、「当事者研究」、したかもしれない。それは、女性の裸体は性差を超越した美の象徴と考えているからである。


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