ロシア人監督アレクサンドル・ソクーロフ作品。
製作国はロシア、イタリア、フランス、スイス。
なんと日本が入っていない。
 しかし日本人を演じるのは天皇役のイッセー尾形をはじめ、全て日本人俳優。つまり、これは純粋に外国人から見た“天皇裕仁(ヒロヒト)”、が描かれているという事になるのだろう。
 公開前から右翼と左翼双方から攻撃された作品で、公開は無理かといわれていたが、いざ公開したらこれがなかなかの盛況で、評価も比較的良かったようだ。
 一部からは時代考証がなってないとか、実際の天皇像とはかけ離れた国辱作品だといった意見も出たが、さほど世論を左右する力はなかったように思う。
 私は、こういう意見が出てしまうからこそ、日本では制作され得ない映画なのだと思う。重箱の隅をつついて文句を言うのはたやすい。まずそこに映画を愉しもうというココロがないというのが寂しい。映画はツクリモノだ。真実である筈がない。それを納得の上で世界中の人々が楽しんでいるのだ。その映画の世界で、人間天皇像が描かれた、というのに過ぎないのだ。マトモな日本人が目くじらを立てて怒る程の事でもあるまい。
 しかもここでの天皇像は、日本人として見てもしっかり敬意を表して描かれていると思える。
旧聞逍遙-太陽ポスター
旭日旗を入れてみました。すると右翼のビラを見るようないかがわしさが倍増!
(これは実際のポスターではありません)

 イッセー尾形は器用で才能のある役者だ。私がテレビやフィルムで、または巡幸途中で垣間見た天皇の姿を、映画の中で「生き写し」にする。細かい癖や立ち居振る舞い、その雰囲気ですら、“天皇裕仁”に成りきっている。すごいとしか云いようがない。この「生き写し」を感じることができるということだけでも、わたしにとってはこの映画は価値あるものとなる。

 ここで描かれた“天皇裕仁”は、敗戦が決定的だった時期から以後、戦後まもなくまでの“人間天皇”としての姿である。そういう意味で、ここで描かれたのは“天皇裕仁”の一面であることに間違いないのだろう。戦争に負け、心が折れかかった一人の人間の、ある日の、ある時期の姿なのだ。

 何かで読んだものか、テレビ・ドキュメンタリーで見たものか、はたまた陸軍に入隊した親戚から聞いた話だったのか忘れたが、こういう話がある。
 陸軍大演習が行われ、昭和天皇も臨席された。十数分だったか、数十分だったかも忘れたが、閲兵の最中、天皇は直立不動で兵を見送るのだ。大演習が終わり、天皇が立っていた場所に或る士官が近づき、土に残された天皇の足あとを見て驚く。
その足跡はまるでそこに靴が置いてあったかのように、1ミリのぶれもなく、くっきりと残っていた。というものだ。

 私は日頃よく歩く。歩くことが好きと云っても過言ではない。毎日10キロ程度歩いても疲れはしない。時には20キロ近く歩いてしまうこともある。そんな私でも、直立不動は数分立っているだけで苦痛である。というか、耐えられない。それを天皇は十数分か、数十分かを衆人監視同様の厳しい状況下で、難なくこなしていたのである。つまりは天皇は軍人として鍛え上げられた存在でもあったのである。これもまた、紛れもない天皇像のひとつであるのだ。

 それはともかく、ここでは好々爺とした、「チャーリー(・チャップリン)」と呼ばれて少し嬉しそうにする天皇の姿を楽しんでみたらいかがだろうか。
 
 ロシア人は日本人に好感を持っているという。おそらくこの映画にもその影響を及ぼしているのではないかと思う。日ソ不可侵条約を平気で破って満州や北方領土に進入したり、過酷なシベリア抑留を行ったことを知る日本人には、少し複雑な気分になる事実なのだが。

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