
最近夜型人間の自分が7時半ころに目覚めるようになった。
何故かと思って考えていると、足音だとわかった。
ハイヒールの音である。
建て付けの悪さを嘆くしかないのかも知れないが、換気口の近くに頭を置いているのも原因だ。
昨夜は頭の位置を変えて寝たがやはり同時刻に起こされる。
窓からそっと覗いてみると、うら若きOLのようだ。
ヴィトンっぽい鞄を腕からぶら下げ、膝をがくがく言わせながら、『ズッガッ ズッガッ』と大きな音を立てて歩いてゆく。
イヤな事を思い出した。
もう20年も前になるだろうか?
美術館で絵を鑑賞していた(わしだってたまには絵ぐらい見に行くY!)時、自分はハイヒールの過剰な音に驚かされた。
音の方向を見ると、派手な出で立ちのカップルがこちらに歩いて来ている。
美術館にふさわしくない「ぎゃははは」笑いとガズーッ ガズーッ と響くヒールの音。
「コッチヘ来るな。コッチヘ来るなって。」
という願いも空しくカップルは自分の隣へ。
そこにある絵は深井克美『バラード』の習作だった。
「これ、何を書いたんだろうね?」
「横にあるじゃないか」
「え?」
「横に説明があるじゃないか」
と男は顎をしゃくっては絵の横のキャプションを指し示した。
この直後、私には忘れられない名言が繰り出されることとなった。

「ネコを書いたんだよ」
「猫?」
「スネコと書いてあるだろう」
キャプションのカードには
『素描』
と書いてあるのだ。
「ぎゃはははははははは」
自分は美術館にふさわしくない、叫びに近い笑い声を、心の中に響き渡らせた。
ハイヒールはアテネの時代から男女の別なく履かれていたが、カトリーヌ・ド・メディシスがアンリ2世との結婚時パリに持参したのがきっかけで、貴族女性に流行り出したといわれている。(注:諸説あり)
当初は背の低い人が履いていたが、後には脚や臀部が美しく見えるということで意味が変わって定着したようだ。
ハイヒールが姿かたちを美しく見せるためのものならば、美しく歩いてくだせいお嬢さん方。
おねげえしますだ。
美しく歩けるようになったら、きっと粗雑な音もしなくなるに違えねえだよ。
わしもゆっくり眠れるようになるだ。
ここまでせんでもええけどな。
ハイヒール短距離走
どうせ笑いを取るならば、こっちのほうがいんでないかい?
キリン・ハイヒール 『Giraffe Stiletto』