雲の影「幻滅の錯覚」
まさにこんな気分だった。


 バルベ・シュローデル監督作『ラ・ヴァレ』『モア』がこの春DVDリリースされた。
『ラ・ヴァレ』は昨年日本で初公開された。自分にとってはピンク・フロイドのサントラ・アルバム『雲の影』リリース以来幻の作品となっていたものだ。
『モア』はサイケデリックなトリップ感覚溢れる作品(と思っていた)。
それが見られる。と期待した。

 『ラ・ヴァレ』は場面場面がぶつ切りで、物語性を感じられない作品だった。それは被写体から一定の距離を保った写し方をするバルベ・シュローデル監督ならではの手法なのかも知れないけれど、人跡未踏の幻の谷をめざすというストーリーを際だたせるためには物語をきちんと描くことは重要だったと思うのだ。さらにクライマックスといえる、死を賭して幻の谷へ向かうシーンもだらだら歩いているだけで、まるで迫力がない。『アギーレ/神の怒り』『フィッツカラルド』で決死の山行を描いて見せたヴェルナー・ヘルツォークの爪の垢でも煎じて飲ませたいような、中途半端とまでも言えぬ描き方だ。
 さらには、美人の主人公が老人ににっこり微笑みかけただけで、貴重な鳥の羽根を簡単に譲り受けてしまったのには思わず失笑してしまった。気の利いた話を思い描けなかったのだろう。非道いものである。
 途中、何百、いや何千人と集った現地人達のドキュメンタリー風のシーンがなければ、自分にはどうしようもない作品となっていたことだろう。

MORE 『モア』は今回が2度目の視聴となった。おそらく20数年ぶりである。自分の中で『モア』は「太陽を求めて旅する男が運命の女性と出会い、ドラッグ体験を通して自身の死生観を得て死んでゆく」傑作となっていたが、改めて観て驚いた。自分が読みとった筈の哲学はそこには無く、あったのは、ジャンキー女と出会った男は彼女を矯正しようとするが、逆にミイラ取りがミイラとなって、死んでしまう、というものだったのだ。
 フロイドの素晴らしいサウンドとイビザ島の明るく美しい風景に誤魔化されていたのだろう。まさに曖昧な記憶が生んだ幻想。年月は記憶の中の凡庸な美を伸張し、更に磨き上げてしまう。

 2作ともピンク・フロイドが音楽を担当しているのだが、どちらもタイトルの時に流されるほかには、ラジオやラジカセ、カーステレオから聞こえてくるという程度でしか使用されていない。バルベ・シュローデル監督の下ではどんな素晴らしい音楽であっても、BGM程度でしかないのだろう。
 『砂丘 Zabriskie Point』での音楽の起用方法に「ミケランジェロ・アントニオーニは音楽を全く分かっていない。」と激怒したフロイドのメンバーだったが、シュローデル作品に比べると、アントニオーニの方がまだ映像との融合を試みていたと思えるのだが、どうだろう。

 『モア』のサントラ・アルバムは、ピンク・フロイドの隠れた名作である。『夜明けの口笛吹き』『狂気』のみにとかく評価が集中する昨今ではあるが、その間の作品『神秘』『原子心母』『おせっかい』そしてこの『モア』もいずれ劣らぬ傑作なので、フロイド・ファンにはぜひチェックして欲しいと思う。

 逆に『雲の影』はこの時期唯一の駄作である。印象的なメロディーがひとつもないこのアルバムは『狂気』のための実験作だったのだろう。友人のロック・カフェ・マスターは、このアルバムがひどかったため『狂気』リリース時に購入を躊躇い、数ヶ月後に初めてこの傑作を聞く羽目になってしまった。と恨めしげに語っていた。


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