
ここのところ古書店巡りはするものの、新本屋へはとんとご無沙汰だったし、一部を除いて雑誌を継続的に読む習慣もなかった。
今日はまったく仕事をする気になれず、近所をぶらぶら…。ふらっと丸善に寄ったら見たことのない文庫が平積みされていた。
今はやりのビニール・コーティングで、中を見ることはできないので、確かめずに購入。部屋に着くやそそくさと中身を確認。ぺらぺらと捲った中では、「壁男」のストーリーは記憶の片隅にもない。よかった~。他の短編は読んだことあるんだけどね。
で、まだ読んでもいないのに紹介するとは、最低限のお約束も守れないのか。
お怒りの方々、ごもっともです。でもちょっと待って下さい。
諸星大二郎氏の作品は、多作であるにもかかわらず、外れが全くないのです。どうかお許しを… (双葉文庫名作シリーズ 2007年10月20日第2刷発行 税込620円)。

中国故事に基づきながら、それを更に深くイメージを広げた諸星ワールド爆発作品。「無面目・太公望伝」(2001年12月 潮漫画文庫 税込630円)です。自分はほぼ同時期に始まり、今も連作が続いている「諸怪志異」シリーズに通じる内容だと思っています。
諸星氏の作品は自分がもごもご云っていても埒があかないので、ご本人に語って頂きましょう。1989年8月20日 希望コミックス 第1刷 のあとがき です。
「無面目」はご存じの方も多いと思いますが、「荘子」中の一寓話、『混沌、七窮に死す』の話を下敷にしたものです。原文はわずか七十五字に過ぎないものですが、これを漢の武帝時代に起こった陰惨な巫蟲事件をからめてふくらませました。武帝時代を選んだのは東方朔をトリックスターとして使ったからで、数ある神仙たちの中でも彼ほどその役にぴったりの仙人はいないように思えます。
同じ武帝期でも樂大が寵愛を受けていた頃と、江充が暗躍した時期とは大分食い違っています。これは歴史的事実にこだわるより物語性を重視した事と、武帝の周辺に数多くいた怪しげな方士たちの中でもこの樂大という男に特に興味を持ったからです。東方朔が滑稽にかこつけて武帝に諌言した事はあっても、そのために毒を煽って死んだ訳ではない事も同じ事情によります。
同じ事は「太公望伝」にも言える事で、「天を射る」と称して血袋を射、雷に当たって死んだのは紂王の父ではなく、曾祖父に当たる武乙です。もっとも殷末は歴史よりも伝説の匂いの濃い時代で、酒池肉林や文王が渭水で太公望に会うなど、歴史的事実と言って良いかどうか、甚だ疑問なのですが……。その割りにはこの話は当時の時代背景にこだわり過ぎて、少し堅苦しくなってしまったように自分でも思います。歴史にも伝説にも、登場した時から老人であった太公望の若き日を描きたいというのが、そもそもの思いだったのですが……。