
ここでブルーノ・ガンツの演じているヒトラーは、まさに、戦争末期のヒトラーである。ヒトラー・ユーゲントの少年兵を視察するフィルムに残されている、手の痙攣をも隠し通せない程よぼよぼのヒトラー(梅毒ともパーキンソン病とも言われている)であり、あのニュールンベルグでのナチス党大会で名演説をし、第一次大戦で負傷して不自由とされていた右腕を肩よりも高く挙げ熱弁を奮った若々しくも激しいヒトラーではない。ヒトラーには影武者が数人いたと言われているが、その影武者であれば、演説が余り上手ではない“異母兄アロイス”の方であろう。一般的には、余りに無謀な戦争を指揮し続けたため、急激に年を取ったということになってはいるが。映画でガソリンにより焼かれ、後にソ連軍により発見された死体がヒトラーとされていたが、なんと1972年ソ連当局は『これはヒトラーの頭蓋骨ではない』と発表した。実はヒトラーの死体とされるものはこれまで少なくとも3体発見されている。まあ、そんなことはともかく…。[オタクだなぁ。]
『ヒトラー 最期の12日間』は155分の超大作ということで、途中飽きたり疲れて眠ってしまったらどうしようかと思っていたが、時間も忘れて見入ってしまっていた。ヒトラー役ブルーノ・ガンツの名演がやはり光る。さすがは「ベルリン・天使の詩」の名優である。しかし、私はアラン・タネール監督作「白い町で(原題:DANS LA VILLE BLANCHE)」のガンツの方が好きだ。いつも裏路地を一人放浪し楽しむ私の趣味と響き合うのか、迷路のような「白い町 」を8mmカメラ片手に一人彷徨うガンツの姿が印象的だ。「ヒトラー最期の12日間」でガンツを気に入った人が居たら、ぜひとも「白い町で(In the White City)」も観ることをお奨めする。ヒトラーを演じているガンツとはまた別の魅力を味わうことができると思う。(今調べてみると、なんと未DVD化で、日本版ビデオは廃盤ときたもんだ。)
この映画の論評で、一部メディアなどでヒトラーやナチスを美化しているという意見も出ているというが、私はそうは思わない。戦争の悲惨さ・恐ろしさ・空虚さ・残忍さ・そして狂気は十分に描かれているし、伝わって来る。美化していると言っている人たちは、ヒトラーやナチス高官等が人間的に描かれている部分が許せないのだろうけれど、もうそろそろ、眼を覚ました方がいいのではないか。確かにアドルフ・ヒトラーは狂人であっただろうし、 ナチス・ドイツが行ったことは狂気の沙汰の蛮行であった。しかし反面、両者には少なかったかもしれないが、人間的な部分も持ち合わせていたに違いないのだ。なぜそんなことが言えるのか。われわれ普通の人間も二面性、いやそれ以上の性格を有しているものだからである。残念ながら人間はそこまで都合良く単純に出来てはいない。思い込みや怠慢を排除し、冷静沈着に分析・研究し、後世に正しく引き継ぐべきだと思う。この映画はドイツがその一歩を踏み出した貴重な記録ということができるかも知れない。
それはそうと、この作品では爆弾の破裂する音が腹にズズーンと響く。全くもってリアルだ。といっても私が本物の爆弾の音を聞いたことはない。でも、いままで見てきた映画の中で一番「ああ、爆弾落ちたらこういうカンジなんだろうな。」と思える音だった。ドイツの音響処理は昔からハイ・クオリティーを誇っている。ベルリンで録音することは、今でも音楽家の憧れだ。爆弾だけでなくマイスター魂も爆発しているのだろう。それともコニー・プランクが墓場から蘇って来たのだろうか。身体に悪そうな迫力があった。 それとも最近の戦争映画はみなこんなに音がすごいの?自分が知らないだけ?
ヒトラーを多少調べたことがある人なら、この映画の中に“衝撃の真実”は存在しない。みな既知の事実ばかりである。ということを 最後に一言付け加えさせて頂く。