日本がWBCで優勝した。おめでとう!久しぶりに大変嬉しいニュースでした。
これは本当に素晴らしいニュースなのですが、一部にいやらしい人達も頭角を現してきたので、柄にもないし、ブログのテーマにもそぐわないがどうしても書いておきたくなりました。[先に書いておきますが、私は右翼でも左翼でもありません。極普通の社会人であり、「反戦平和」を願い続ける人間です。韓国も好きで友人もいます。]
このニュースに関連した報道として、イチローのいわゆる「ナショナリズム」発言について、テレビ朝日系お昼の番組のコメンテーターがあれこれつついている。元作曲家で最近文筆活動をしている人は「イチローどうしちゃったんだろう?韓国のチームの方が紳士的だ。」とか、元映画監督で、相手に媚びた態度で、時々某独裁国家の取材をさせてもらっている人も「どうですか。あのナショナリズム的な発言は。」とさも問題があるように発言しているけれど、あんたらこそ何者ですか? その国の代表として出場した一選手が自分と自分たちのチームを鼓舞するために発言したことのどこが問題だというのだろう?国の代表同士がぶつかり合うスポーツの世界で、自分の国への思いを吐露することがナゼ悪いことのように言われるのか。しかもその発言は日本の報道陣への発言なのだから、全く理解できない。イチローのあの熱い言葉が日本選手達に、どれだけ勇気を与えたか、モチベーションを高めたか、計り知れない。そしてその結果がWBC優勝へと繋がったのだと考えてもいいだろう。
イチローがアメリカへ渡った時、一部からは「イチローは日本を捨てた。」と言われた。しかし、もちろんそうではなく、イチローは日本とそして日本の野球をアメリカや世界に知ってもらうために、大リーグへ行き、孤独に戦い続けたのだ。イチローに何かあって人が変わったのでも何でもない。 その思いが今大会で爆発しただけなのだ。
2次予選で韓国が日本に勝利した時、彼等は決勝戦でもないのにヴィクトリー・ランをし、マウンドに韓国旗を立てた。そのことにこの元作曲家は全く触れない。イチローが行儀悪いというのなら、この韓国選手の行動をどうして非難しなかったのだろう?。
このコメンテーター達は自分の凝り固まったイデオロギーに捉えられ過ぎているため、物が見えていない。隣ばかり見ているため、自分の姿を見失ってしまっているのだ。戦中・戦後に大変な経験もされて来たのだろうけれど、イデオロギーに自らを縛り付け過ぎてきたため、こんな姿をさらしてしても恥じることもなくなってしまったのだろう。こんな何も見えていない、まともに感じられないコメンテーターは要らない。と感じた今日この頃なのです。
それにしてもすごいぞイチロー。外野席のはずれからは、暫くあることないこと言われるだろうけれど、気にせず頑張れ。
これは本当に素晴らしいニュースなのですが、一部にいやらしい人達も頭角を現してきたので、柄にもないし、ブログのテーマにもそぐわないがどうしても書いておきたくなりました。[先に書いておきますが、私は右翼でも左翼でもありません。極普通の社会人であり、「反戦平和」を願い続ける人間です。韓国も好きで友人もいます。]
このニュースに関連した報道として、イチローのいわゆる「ナショナリズム」発言について、テレビ朝日系お昼の番組のコメンテーターがあれこれつついている。元作曲家で最近文筆活動をしている人は「イチローどうしちゃったんだろう?韓国のチームの方が紳士的だ。」とか、元映画監督で、相手に媚びた態度で、時々某独裁国家の取材をさせてもらっている人も「どうですか。あのナショナリズム的な発言は。」とさも問題があるように発言しているけれど、あんたらこそ何者ですか? その国の代表として出場した一選手が自分と自分たちのチームを鼓舞するために発言したことのどこが問題だというのだろう?国の代表同士がぶつかり合うスポーツの世界で、自分の国への思いを吐露することがナゼ悪いことのように言われるのか。しかもその発言は日本の報道陣への発言なのだから、全く理解できない。イチローのあの熱い言葉が日本選手達に、どれだけ勇気を与えたか、モチベーションを高めたか、計り知れない。そしてその結果がWBC優勝へと繋がったのだと考えてもいいだろう。
イチローがアメリカへ渡った時、一部からは「イチローは日本を捨てた。」と言われた。しかし、もちろんそうではなく、イチローは日本とそして日本の野球をアメリカや世界に知ってもらうために、大リーグへ行き、孤独に戦い続けたのだ。イチローに何かあって人が変わったのでも何でもない。 その思いが今大会で爆発しただけなのだ。
2次予選で韓国が日本に勝利した時、彼等は決勝戦でもないのにヴィクトリー・ランをし、マウンドに韓国旗を立てた。そのことにこの元作曲家は全く触れない。イチローが行儀悪いというのなら、この韓国選手の行動をどうして非難しなかったのだろう?。
このコメンテーター達は自分の凝り固まったイデオロギーに捉えられ過ぎているため、物が見えていない。隣ばかり見ているため、自分の姿を見失ってしまっているのだ。戦中・戦後に大変な経験もされて来たのだろうけれど、イデオロギーに自らを縛り付け過ぎてきたため、こんな姿をさらしてしても恥じることもなくなってしまったのだろう。こんな何も見えていない、まともに感じられないコメンテーターは要らない。と感じた今日この頃なのです。
それにしてもすごいぞイチロー。外野席のはずれからは、暫くあることないこと言われるだろうけれど、気にせず頑張れ。