
中東のアジマン首長国がゴヤの名画『裸のマハ』『着衣のマハ』の小型切手シートを発行したと漫画雑誌か新聞で読み、 小学6年の自分といえども、『裸のマハ GOYA La Maja vetue』『着衣のマハ GOYA La Maja Nue』2枚をゲットしようと早速切手同封で注文。(当時の値段は忘れましたが、両方同じ値段だったと思います。)
どきどき待つこと10日間。届いた封書の中にあったのは『着衣のマハ』1枚。送った切手の半額分も同封してありましたが、経緯については全く説明なし。両親には内緒で(純情だったんでしょうか、自分も)改めて手紙で『裸のマハ』がないのは何故か質問しましたが、返ってきたのは「子どものキミには『着衣のマハ』がよいでしょう。」というもの。もちろん納得できませんでしたが、引き下がるしかありませんでした。
今思っても切手屋さんがPTAみたいなことを言うのは余計なお世話であるし、勝手に手前で判断してしまって注文内容を変えるというのも問題だと思います。お前は教育委員会かっつうの。今でも思い出したら腹立ってくる事件でした。
『裸のマハ』は当時の宰相ゴドイが屋敷で『着衣のマハ』の下に隠して夜な夜な鑑賞していたと言われていて、当時は大変スキャンダラスな絵画だったんですね。だから昭和の世にでも青少年にはまだまだスキャンダラスな作品だったということなんでしょうかね。
そして、その後の『裸のマハ』について。きちんとオトナになった自分はラッキーにもケッコンなることもしてしまい、新婚旅行はスペインへ行きました。もちろんマドリッドのプラド美術館へも行き、『裸のマハ』『着衣のマハ』実物を見て参りました。感激は…大してしませんでしたね。画集とかで見慣れていたせいでしょうか。同じゴヤでも「1808年5月3日」や「我が子を食うクロノス」に圧倒されていました。
とはいうものの、おみやげ売り場でカンバスの布に印刷された実物大の『裸のマハ』を買って帰りました。額装して居間に飾っています。
それはよかったのですが、時間がなくてヒエロニムス・ボス(ボッシュ)の作品が見られませんでした。これには今でも後悔しきりです。
この事件はfirenze-kyoutoさんとのコメントのやりとりで思い出しました。長いトラウマが取れた思いです。firenze-kyoutoさん。ありがとうございます。